189cmの長身、落ち着いた低い声、そして圧倒的な存在感。俳優・阿部寛さんは、人気ファッションモデルから俳優へ転身し、コメディー、社会派ドラマ、時代劇、アクションまで幅広い作品で活躍してきた、日本を代表する俳優の一人です。
『TRICK』ではユーモラスな大学教授、『結婚できない男』では不器用な独身建築家、『ドラゴン桜』では生徒の可能性を引き出す弁護士を熱演。映画『テルマエ・ロマエ』では古代ローマ人を演じ、日本アカデミー賞最優秀主演男優賞を受賞しました。『新参者』『下町ロケット』『VIVANT』『キャスター』なども代表作として知られています。
1964年6月22日生まれ、神奈川県横浜市出身。2026年には62歳を迎えました。私生活では2007年に一般女性との結婚を発表し、二人の娘の父親でもあります。
そんな阿部さんの美容法や健康習慣を本人インタビューからたどると、約40年続くジム通い、役作りで経験した11kgと約15kgの減量、約5kgの増量、自宅のミストサウナ、肉やタンパク質を意識した食生活など、さまざまな習慣が浮かび上がってきます。
一方で、焼き芋や和菓子を楽しみ、自宅ではメダカの成長を喜び、50代後半には初めてのドラム演奏に挑戦。60代になってからも海外で暮らしてみたいという新しい夢を語っています。
今回は筋トレ、肉体改造、食生活、水分補給、サウナ、睡眠、美容と身だしなみ、結婚・家族、趣味、仕事への考え方まで、本人発言と公式資料を中心に詳しく紹介します。若い頃の苦労や、98歳まで生きた父親から学んだ人生観にも触れながら、阿部寛さんの自然体の魅力をじっくり見ていきましょう。
1.阿部寛の若い頃と経歴|モデルから俳優へ、長身を個性に変えた人生
阿部寛さんの芸能界での第一歩は、大学在学中のモデル活動でした。
中央大学理工学部電気工学科で学んでいた1985年、「ノンノボーイフレンド大賞」で優勝。翌1986年創刊の『MEN'S NON-NO』では、創刊以来3年6か月にわたって表紙を飾り、人気モデルとして注目されました。
1987年には映画『はいからさんが通る』で俳優デビュー。しかし、モデルとしての華やかな成功と、俳優として自分の居場所を築くことは、それぞれ異なる道のりでした。
本人は後年のインタビューで、俳優になってから仕事が減り、思うように活動できない時期を経験したと振り返っています。モデル出身というイメージが強く、演じる役柄の幅を広げたいという思いもあったそうです。
189cmの身長に悩んだ若い頃と、30代の転機
今では阿部さんの大きな魅力となっている189cmの身長も、若い頃には俳優として扱いにくい特徴なのではないかと感じた時期がありました。
共演者との身長差や画面の中での見え方を意識し、自分の体格を役柄にどう生かせばよいのか考えていたといいます。
その考え方が変わり始めたのが30代。長身を目立たせることも、あえて抑えることも、人物の設定に合わせて選べばよい。自分の持ち味を柔軟に使うという発想へ変わっていきました。
『TRICK』では堂々とした体格と独特のユーモアを組み合わせ、『結婚できない男』では自信がありながら人付き合いの不器用な男性を表現。大きな体格が、人物の面白さを際立たせる要素となりました。
一方、『新参者』では細かな感情を読み取る刑事を、『下町ロケット』では情熱を持って困難に立ち向かう経営者を演じています。表情、声、立ち姿を使い分けることで、外見の特徴だけに頼らない表現を磨いてきたのです。
是枝裕和監督の『歩いても 歩いても』『海よりもまだ深く』では、家族の中で揺れ動く男性像も演じました。華やかな役柄から日常の弱さを抱える人物まで、その演技の幅は広がり続けています。
2025年公開の『ショウタイムセブン』では、ニュース番組のキャスター役にも挑戦。実際の報道現場を参考にしながら、原稿の扱い方や視線、手元の動きなど、人物を自然に見せるための所作にも目を向けました。
体格を生かした大胆な演技と、細かな動きを研究する繊細な役作り。その両方が、長年の俳優活動を支えています。
俳優として仕事が減った時期や、自分の体格への葛藤を経験しながら、30代以降に多彩な役を演じるようになった阿部さん。モデル時代から長く向き合ってきた外見や身体は、今では人物を表現するための大切な個性となっています。
2.阿部寛の筋トレとジム習慣|約40年続く運動と60代の体づくり
阿部寛さんの健康習慣の中でも、特に長い歴史を持つのがスポーツジムでの運動です。
2026年5月の公式インタビューでは、ジムに通い始めて40年近くになると語っています。モデルとして活動していた若い頃から体を動かすことに親しみ、俳優になってからも仕事や生活に合わせて続けてきました。
興味深いのは、その理由です。長年の運動歴を持つ阿部さんですが、筋肉づくりだけでなく、ジムという場所そのものを気に入っていると話しています。
ジムは前向きな人たちから刺激を受ける場所
2022年のOurAgeインタビューで阿部さんは、ジムにいる人々の前向きな雰囲気が好きだと説明しています。
そこには、それぞれの目標に向かって体を動かしている人たちが集まっています。その姿を見ることが自分自身の刺激となり、気分転換にもつながっているそうです。
当時は仕事のない日にジムへ足を運び、鍛える部位や時間もその日の気分で変えていました。30分ほどで終える日もあれば、2〜3時間過ごす日もあったといいます。
約20年前の取材でも、同じようにジムの雰囲気が好きだと話していたことが紹介されています。長い年月の中で、仕事の内容や生活環境が変わっても、運動する場所への親しみは続いていました。
2026年の公式取材では、普段のトレーニングとして懸垂と足腰を鍛える運動を挙げています。具体的な回数や負荷は明かしていませんが、上半身だけでなく下半身も意識していることが分かります。
アクションなど身体表現が重要になる作品では、専門のトレーナーに役柄に合った運動メニューを考えてもらうこともあるそうです。
日常的に体を動かす時間と、作品のために集中的に鍛える時期。それぞれの目的に合わせた付き合い方をしているのです。
60代になって変化したジム通いの頻度
ジムに通う回数は、取材時期や撮影スケジュールによって異なります。
2018年の取材では2週間に1回程度。2025年には週1回を目指しているという発言や、月1〜2回ほど通っているという説明もありました。
若い頃と同じ頻度を保つというより、現在の仕事や生活に合わせて運動を取り入れている様子が伝わります。
長く続けているからこそ、トレーニングへの意識も少しずつ変わってきたのでしょう。
阿部さんの体格は、男性が選ぶ理想のボディに関するランキングでも注目されました。しかし本人の言葉で何度も登場するのは、ジムに集まる人々から刺激を受ける楽しさです。
約40年という長い運動歴を支えてきたのは、体を鍛えることへの関心と、ジムで過ごす時間そのものへの愛着なのかもしれません。
3.阿部寛の肉体改造|11kg・15kg減量、5kg増量と役作りの筋トレ
阿部寛さんの体づくりで特に興味深いのは、作品ごとに異なる身体表現に挑戦してきたことです。
古代ローマ人のたくましい体格、追い詰められた男性の細身の姿、刑事の落ち着いた雰囲気、江戸時代の武士の体つき。それぞれの役柄に合わせ、体格や動きまで工夫してきました。
『テルマエ・ロマエ』では胸板を意識して鍛える
2012年公開の映画『テルマエ・ロマエ』で演じたのは、古代ローマ帝国の浴場設計技師ルシウスです。
古代ローマ人としての存在感をつくるため、約2か月間集中的に筋トレを行い、胸板の厚さを意識した体づくりに取り組みました。続編の撮影でも改めて鍛え直したそうです。
武内英樹監督は、阿部さんが撮影現場で消火器を持ってスクワットをしたり、撮影の合間にも体を動かしたりしていたと語っています。
さらに、この作品には外見づくりに関する面白い裏話もあります。
当初は金髪のかつらや青いコンタクトレンズなどを試しましたが、監督との相談を重ねる中で装飾が外され、最終的には阿部さん自身の顔立ちを生かすことになりました。
長身や容姿をどう生かすか悩んだ若い頃を経て、その持ち味が古代ローマ人という大胆な役柄に結びついたのです。
『つやのよる』で11kg減量、最後の1kgにもこだわる
2013年公開の『つやのよる ある愛に関わった、女たちの物語』では、まったく異なる体づくりに挑みました。
演じたのは、妻への愛情と執着に翻弄される男性・松生。阿部さんは、人物の追い詰められた心情を、細くなった身体の印象からも伝えたいと考えました。
本人と行定勲監督の対談では、11kgの減量を目指したという話に加え、撮影終了直前の出来事が紹介されています。
監督から目標体重について尋ねられた阿部さんは、まだ10kgしか落としていないことに気づき、その夜に走って最後の1kgを落としたそうです。
監督は、その徹底した姿勢を驚きとユーモアを交えながら振り返っています。
同じ取材では、2011年公開の『天国からのエール』でも減量を伴う役作りを経験していたことに触れられています。阿部さんは、たまたまそういう役が続いたのだと、笑いを交えて説明していました。
この時期の減量は、作品ごとに異なる人物の背景を身体から伝えようとした、俳優としての特別な取り組みです。
『祈りの幕が下りる時』では約15kgの減量
2018年公開の映画『祈りの幕が下りる時』では、長年演じてきた刑事・加賀恭一郎の姿に近づけるため、再び大幅な減量に取り組みました。
半年ほどかけて約15kg体重を落とし、夜9時以降の食事を控えるなど、生活の中でも調整を続けたと語っています。
ところが、本人の予想以上に細くなり、その後は体重を少し戻すことになりました。
阿部さんは、以前の『新参者』シリーズを見直し、加賀という人物をどう演じてきたのかも振り返っていました。
身体の印象だけでなく、人物の表情や歩き方、考え方をもう一度確認する。長く演じてきた役だからこそ、過去の自分の演技にも向き合う必要があったのでしょう。
『のみとり侍』では約5kg増量
その後の映画『のみとり侍』では、反対に体重を増やす必要がありました。
『祈りの幕が下りる時』の撮影で細くなっていた身体を、江戸時代の武士という役柄に近づけるため、京都での撮影中に食事量を増やしました。
本人インタビューによると、焼き鳥店に7日連続で通い、メニューを次々と注文。最後にはおにぎりを4個食べたこともあったそうです。
店主が驚いていたという話を、阿部さんは楽しそうに振り返っています。こうして約5kg増量し、作品にふさわしい体格へ整えました。
2022年のドラマ『DCU~手錠を持ったダイバー~』では、横浜流星さんや高橋光臣さんが熱心に体を鍛えていることから刺激を受け、作品に向けたトレーニングに取り組んだことも明かしています。
日常的なジム通いとは別に、水中捜査員という役柄のための身体づくりに挑んだのです。
11kgの減量、約15kgの減量、約5kgの増量、そして水中アクション。それぞれの作品で求められる姿は違いますが、役柄の背景を身体で表現しようとする姿勢は一貫しています。
こうした体重の調整は、当時の撮影に向けた特別な経験です。阿部さんの日常の健康管理とは分けて考えることで、俳優としての仕事への向き合い方がより鮮明になります。
4.阿部寛の食生活と水分補給|肉・中華料理・焼き芋・麦茶への親しみ
阿部寛さんの食生活には、役作りのための調整と、好きなものを自然に楽しむ日常という二つの面があります。
2019年の取材では、肉をよく食べ、タンパク質を意識していると語っています。映画やドラマの撮影現場では弁当を食べる機会も多く、食事の量を自分で考えることもあるそうです。
2020年には、以前は和食を好んでいたものの、当時は中華料理をよく食べるようになったと話しています。
夜9時以降の食事をできるだけ控えるよう意識している一方、実際には食べることもあると笑いながら答えていました。
役作りでは食事に厳しく向き合う時期があり、普段は好きな料理を楽しむ。そんな率直な発言には、阿部さんの親しみやすい一面が感じられます。
焼き芋と和菓子が好きな甘党の一面
阿部さんの好物として印象的なのが焼き芋です。
2022年のOurAgeインタビューでは、もともと焼き芋が好きで、見かけるとつい買ってしまうと話しています。
焼き芋の栄養についての記事を読んだことも、さらに興味を持つきっかけになったそうです。好きな味を楽しむ時間が、日常の中にあることが分かります。
また、阿部さんは和菓子などの甘いものにも親しんでいます。
『新参者』シリーズの舞台となった東京・日本橋や人形町周辺では、和菓子店へ立ち寄ることもありました。長年同じ役を演じるうちに、街そのものへの親しみも深まったそうです。
映画やドラマの舞台が、本人にとって好きな食べ物や思い出のある場所になっていく。俳優ならではの楽しみ方といえるでしょう。
サウナでは水や麦茶を飲む
飲み物については、2024年の麦茶CM関連インタビューで具体的な習慣を語っています。
自宅のミストサウナに入る際には、水や麦茶を飲んでいるそうです。水分を多めに摂ることを意識し、カフェインを含まない麦茶を好んでいると説明しました。
仕事を終えて自宅のサウナでひと息つき、水や麦茶を飲みながら過ごす。長年のジム習慣とはまた違う、静かな日常の様子が浮かんできます。
こうした本人の習慣は、出演したCMの商品名とは分けて紹介することで、実際の暮らしに沿った情報として伝えられます。
2021年公開の映画『護られなかった者たちへ』の舞台挨拶では、仙台での撮影中、焼き鳥をテイクアウトして食べていたことも明かしています。
その際、共演の佐藤健さんが撮影中に何を食べていたのか気になり、心配していたと話しました。佐藤さんも、食事を手配するのに苦労したことがあったと振り返っています。
多忙な撮影期間の食事には、それぞれの現場ならではの思い出があります。共演者を気遣う阿部さんの言葉にも、人柄が表れています。
5.阿部寛のサウナ・入浴・睡眠|ミストサウナと俳優生活の休息
『テルマエ・ロマエ』で浴場設計技師を演じた阿部寛さんは、実生活でも昔からサウナを好んでいます。
2022年のOurAgeインタビューでは、自宅のシャワールームにミストサウナがあり、仕事を終えた後に利用することが習慣になっていたと説明しています。
当時は月の半分以上利用しており、自分のコンディションを感じ取る時間にもなっていたそうです。
作品によって撮影時間や身体の使い方が大きく変わる俳優の仕事。自宅で自分のペースで過ごす時間にも、阿部さんなりの大切な意味があったのでしょう。
撮影現場の睡眠事情と日常の休息
2021年の映画『護られなかった者たちへ』の舞台挨拶では、忙しい撮影期間には食事や睡眠の時間を思うように確保しにくいこともあると語っています。
仕事を終えてからもすぐに眠れず、いろいろなことをしているうちに午前3時頃になってしまうこともあったそうです。
また、初期の『TRICK』の撮影では、1日に2時間ほどしか眠れないような厳しいスケジュールを経験したと、後年の取材で振り返っています。
こうした話は、それぞれの撮影当時の経験です。映画やドラマの現場では、作品の規模や撮影場所によって一日の過ごし方も大きく変わります。
同じ2021年の舞台挨拶では、撮影現場で共演者に会うことも楽しみの一つだと話していました。
作品に集中する時間、仲間と過ごす時間、そして自宅でくつろぐ時間。阿部さんの発言には、俳優という仕事の日常が自然に表れています。
モンゴルやマレーシアでの撮影経験
2023年のドラマ『VIVANT』では、モンゴルでの大規模な撮影も経験しました。
撮影初期の猛吹雪や、後半の砂漠の厳しい暑さ、道の整っていない場所を車で長時間移動した経験など、印象に残る出来事が多かったそうです。
日本国内の撮影とは大きく異なる自然環境の中で、俳優やスタッフとともに作品をつくり上げました。
また、マレーシア映画『夕霧花園』では、異なる国籍や文化を持つスタッフとの共同作業にも参加しています。
50代後半の取材では、年齢による体調の変化について質問され、自分自身では特に気になる変化を感じていないと話したこともあります。
体がなまる感覚を好まず、体を動かすことに親しんでいるという阿部さん。ジムとサウナ、そして撮影現場での経験を通じて、自分の体と長く向き合ってきました。
6.阿部寛の美容法・身だしなみ|年齢と向き合う自然体の魅力
モデルとして芸能界に入った阿部寛さんは、長年にわたり外見や体格の見せ方と向き合ってきました。
若い頃には自分の高身長を俳優としてどう生かすか悩んだこともありましたが、さまざまな役柄を経験する中で、持っている特徴を表現へつなげてきました。
阿部さんの美容や身だしなみを考えるとき、肌や髪だけでなく、姿勢、表情、身体の動き、そして年齢とともに変わる雰囲気にも目を向けると、俳優としての魅力が見えてきます。
年齢による変化を受け止める考え方
60代を迎えた阿部さんは、年齢による変化を受け止めながら、新しい役柄や経験に挑戦することへの関心を語っています。
若い頃と同じ姿を保つことだけを目標にするより、その時々の自分を作品の中でどう生かせるか。これまで積み重ねてきた経験や表情の変化も、人物を表現するうえで大切な要素となっています。
2025年の『徹子の部屋』でも、長い時間をかけてメイクを施す役や、走る場面の多い役について語り、身体を使って演じることへの意欲を見せていました。
俳優としての姿づくりは、筋肉や体重を変えることだけではありません。役柄に合わせて身だしなみを整え、表情や動きを研究することも、大切な仕事の一部です。
その丁寧な積み重ねが、年齢を重ねた阿部さんの表現に深みを与えているのでしょう。
日常の身だしなみについて、2026年5月の本人インタビューでは、意外な楽しみも明かしています。それが爪切りです。
爪切りという道具自体に関心があり、自分の爪をきれいに整えることが好きだと話していました。
華やかな俳優活動の一方で、身近な道具を使う小さな習慣を楽しんでいるという話です。
長年の体づくり、役柄に合わせた外見の研究、日常の小さな身だしなみ、そして親しみやすい素顔。阿部さんの美容や健康に関する魅力は、一つの特別な習慣だけではなく、幅広い経験の中に表れています。
7.阿部寛の妻・娘・家族|98歳まで生きた父親から学んだ人生観
阿部寛さんは2007年11月20日、一般女性との結婚を発表しました。
当時43歳だった阿部さんのお相手は、15歳年下の女性。前年にはドラマ『結婚できない男』で独身男性を演じていたこともあり、本人の結婚発表は大きな話題となりました。
結婚発表では、妻となる女性について、自分の仕事を理解し、陰ながら支えてくれる存在だと紹介しています。互いに自然と一緒にいたいと思うようになったことや、温かい家庭を築きたいという思いも伝えていました。
その後2008年に入籍し、2011年には長女、2012年には次女が誕生したことが公表されています。
次女の誕生は映画『カラスの親指』の舞台挨拶で本人が報告。俳優として活躍する一方、二人の娘の父親としての人生も歩んできました。
父親は巨大ダンプカーを製造するエンジニア
阿部さんの人生観を知るうえで、特に印象的なのが父親の存在です。
2025年9月放送の『徹子の部屋』で、阿部さんは父親の仕事や思い出について詳しく語りました。
父親は、世界最大級のダンプカーを製造するエンジニアとして働いていた人物。タイヤの直径が3m以上あるような、採石場などで使用される大型車両の製造に携わっていたそうです。
阿部さんは子どもの頃、父親が巨大な車をつくっていることをとても誇らしく感じていました。
家庭では寡黙で、仕事について多くを語るタイプではなかった父親。しかし、確かな技術を持ち、ものづくりに取り組む姿は、息子の心に強く残っていたのです。
そして、阿部さんが俳優の道へ進むことになった背景にも、父親の言葉がありました。
モデルから俳優へ進む仕事の話を相談した際、父親は三人の子どものうち一人くらいはそういう世界に挑戦してもよいのではないか、と背中を押してくれたそうです。
うまくいかなければ別の道もある。そんな柔軟な考え方が、阿部さんの新しい挑戦を支えることになりました。
一つの技術を磨いてきた父親が、息子にはまったく違う世界での挑戦を認めたこと。阿部さんは後年、父親への感謝の気持ちを語っています。
父親との散歩と、98歳で迎えた別れ
父親は年齢を重ねてから大きなけがを経験し、リハビリの一環として散歩を日課にするようになりました。
阿部さんも時折一緒に歩き、その時間を大切な思い出として振り返っています。
2025年7月、父親は98歳で亡くなりました。
『徹子の部屋』では、家族が病院へ駆けつけ、昔の思い出や日常の出来事について話している中で、父親が静かに息を引き取ったことを明かしています。
家族の声を聞きながら迎えた最期を、阿部さんは深い尊敬の気持ちとともに振り返りました。
また、別の取材では、寡黙だった父親が70代になってから明るくなり、新しい仲間をつくって生活していたという思い出も語っています。
仕事一筋だった父親が、年齢を重ねてから新しい交流を楽しむようになった。その姿は、阿部さん自身がこれからの人生を考えるうえでも印象深い経験となったのでしょう。
2026年の公式取材では、自宅で飼育しているメダカについても話しています。
メダカが卵を産み、初めて孵化したことを喜んでおり、小さな命の成長を見守ることが日常の楽しみになっているそうです。
家族とのつながり、父親から受けた影響、そして身近な生き物との穏やかな時間。スクリーンの中で見せる迫力とは異なる、温かな阿部寛さんの素顔が見えてきます。
8.阿部寛の60代からの挑戦|ドラム・海外作品・新しい人生の楽しみ
長年にわたって数多くの役を演じてきた阿部寛さんですが、今も新しいことに挑戦する姿勢を大切にしています。
その代表的なエピソードが、2022年公開の映画『異動辞令は音楽隊!』でのドラム演奏です。
50代後半で初めて挑戦したドラム演奏
阿部さんが演じたのは、刑事一筋で生きてきたものの、警察音楽隊へ異動することになった成瀬司。
役柄に必要だったのはドラム演奏ですが、阿部さん自身にはほとんど経験がありませんでした。
撮影前から約3か月間、楽器の練習に取り組み、長い日には1日3〜5時間ほど練習したそうです。
最初はスティックの扱い方も分からず、手足を別々に動かすことに苦戦。自宅でも練習できるよう、ゴム製の練習パッドを使いながら繰り返し取り組みました。
練習を始めてしばらくは、思うように上達した実感を持てない日々が続いたといいます。
転機となったのは、本物のドラムセットで音を出したことでした。練習パッドとは異なる音や振動を感じ、楽器を演奏する面白さが分かるようになったそうです。
その後、清野菜名さんや高杉真宙さんら共演者と練習を重ね、全員で一曲を演奏できたときには大きな喜びがありました。
何十年もの俳優経験を持つ阿部さんが、初めての楽器では初心者として一から学ぶ。新しい技術を身につけていく過程にも、俳優としての真剣さが表れています。
海外作品への挑戦と、60代の新しい夢
阿部さんは、マレーシア映画『夕霧花園』や中国との合作映画『空海-KU-KAI-美しき王妃の謎』など、海外との関わりが深い作品にも参加してきました。
言語や文化の異なるスタッフ、俳優と作品をつくることは、日本国内の撮影とは違う刺激にもなっています。
2022年にはニューヨーク・アジアン映画祭でスター・アジア賞を受賞するなど、海外でも活動が評価されました。
そして2026年5月の公式インタビューでは、これから外国の作品にさらに出演してみたいという希望を明かしています。
海外で実際に暮らし、異なる文化に触れてみたいという夢もあるそうです。1年ほどの生活や、短期間の留学のような経験にも関心を持っていると語っています。
数多くの代表作を持ちながら、60代になってからも未知の文化や新しい生活に興味を向けている。その言葉には、年齢を重ねても好奇心を持ち続ける姿勢が表れています。
2025年の取材では、俳優という仕事について、作品を通して人に何かを伝えたり、新しい気づきを届けたりできるところに魅力を感じていると話しています。
若い頃に自分の体格や俳優としての立ち位置に悩み、30代から表現の幅を広げ、50代後半には新しい楽器に挑戦。そして60代では海外での経験を夢見る。
これまで積み重ねてきた経験を大切にしながら、まだ知らない世界にも関心を向ける。阿部寛さんの俳優人生には、そんな豊かな時間の重なりが感じられます。
まとめ|阿部寛の美容・健康習慣と、自分らしく年齢を重ねる魅力
阿部寛さんの美容法や健康習慣を本人の発言からたどると、長年親しんできた習慣と、その時々の新しい挑戦が、人生の中で自然につながっていることが分かります。
約40年続くジム通いは、体を鍛えるだけでなく、前向きな人々と同じ空間で過ごす楽しみでもありました。作品の役作りでは、人物の内面や背景に合わせて体格を変化させる経験も重ねています。
食生活では肉やタンパク質を意識しながら、中華料理、焼き芋、和菓子などの好きなものを楽しむ。自宅のサウナでは水や麦茶を飲み、仕事の後のひとときを過ごしていました。
家族とのつながりも、人生を考えるうえで大切な要素です。巨大ダンプカーを製造するエンジニアとして働き、俳優への挑戦を後押ししてくれた父親。98歳まで生きた父親との思い出は、阿部さんにとって大きな財産となっています。
50代後半には初めてのドラム演奏に挑み、60代になってからも海外で暮らしてみたいという新しい夢を持つ。
運動を楽しみ、好きな食べ物を味わい、家族との時間や身近な暮らしを大切にしながら、未知の経験に挑戦する。阿部寛さんの歩みには、自分らしく豊かに年齢を重ねていく魅力が感じられます。