1990年代に「アムラー」という社会現象を巻き起こし、音楽だけでなく、メイクやファッションでも時代を彩った安室奈美恵さん。
細く整えた眉毛、ストレートのロングヘア、ミニスカートに厚底ブーツ。彼女のスタイルを真似する女性たちが街にあふれ、安室さんは若い世代を象徴する存在となりました。
その後も歌とダンスを磨き続け、40歳での引退まで第一線で活躍。華やかなステージでは、激しいダンスを踊りながら歌う力強い姿で、多くのファンを魅了しました。
ところが、本人のインタビューをたどると、普段はジムに通っていなかった時期もあり、休日は家でテレビや漫画を楽しんでいたという意外な素顔が見えてきます。
好きな食べ物は焼肉や白米。半身浴をリラックスする時間として取り入れ、メイクやファッションでは年齢とともに変化する自分の好みを楽しんでいました。
一方、結婚と出産、子育て、音楽活動の転機を経験するなかで、仕事や人生への考え方も少しずつ変わっていきました。
今回は、活動当時の本人インタビューや出版社・企業の公式資料を中心に、安室奈美恵さんの美容法、スキンケア、メイク、ヘアケア、ダンス、体型管理、食生活、半身浴、休息、結婚・家族、仕事観まで詳しくご紹介します。
代表曲とともに25年間の歩みを振り返りながら、ステージで輝く姿と、思わず親近感が湧く自然体な素顔。その両方から、安室奈美恵さんならではの美しさと魅力をたどってみましょう。
1.安室奈美恵の経歴・代表曲と美しさの原点|沖縄から時代のアイコンへ
10歳で見いだされた才能と、デビュー初期の挑戦
安室奈美恵さんは1977年9月20日、沖縄県生まれ。日本を代表するアーティストとなるきっかけが訪れたのは、10歳の頃でした。
1987年、友人のオーディションに付き添って沖縄アクターズスクールを訪れた際、創設者のマキノ正幸さんに才能を見いだされます。
その後、スクールで歌とダンスを学び、1992年にSUPER MONKEY'Sのメンバーとしてデビューしました。
デビュー初期には、デパートの屋上や商業施設など、さまざまな場所で歌とダンスを披露。多くの観客に注目されるまでには、地道なステージ活動を重ねた時期もありました。
転機となったのは、1995年の『TRY ME ~私を信じて~』のヒットです。
同年にはソロ活動へ本格的に移行。小室哲哉さんのプロデュースによる『Chase the Chance』『Don't wanna cry』『You're my sunshine』などが次々と人気を集めました。
1996年にはアルバム『SWEET 19 BLUES』を発売。10代から大人へと成長する女性の揺れ動く気持ちを感じさせる作品として、多くの若者に親しまれました。
1997年には『CAN YOU CELEBRATE?』が大ヒット。力強いダンスナンバーに加え、感情豊かなバラードでも多くの人の心をつかむ歌手となります。
その後も音楽性を進化させ、2007年の『Baby Don't Cry』、2011年の『Love Story』、2016年の『Hero』など、幅広い世代に親しまれる楽曲を発表しました。
『Hero』は2016年のNHKリオデジャネイロオリンピック・パラリンピック放送テーマソングに起用され、数々の感動的な場面とともに人々の記憶に残りました。
2017年にはデビュー25周年を記念するベストアルバム『Finally』を発売。そして2018年9月16日、25年間の音楽活動に区切りをつけ、芸能活動を引退しました。
10代から40歳まで、歌とダンスを軸に自分の世界を広げ続けた安室さん。その歩みは、時代ごとのメイクやファッションの変化とも深く結びついています。
アムラー現象と、厚底ブーツ・細眉が象徴した時代
1990年代半ば、安室さんのファッションやメイクを真似する女性たちは「アムラー」と呼ばれ、社会現象となりました。
茶色いロングヘア、細い眉毛、ミニスカート、厚底ブーツ、日焼けした肌の印象。1996年には「アムラー」という言葉が新語・流行語大賞のトップテンにも選ばれています。
厚底ブーツは、身長を高く見せ、脚のラインを長く演出するアイテム。当時は大人っぽい雰囲気を求める若い女性たちの間で、大きな人気を集めました。
安室さん自身も若い頃は、大人っぽく見られたいという思いが強かったと振り返っています。
ファッションの流行を作り出した安室さんも、当時はまだ10代。背伸びをして大人に近づきたいという気持ちが、独自のスタイルと重なっていたのでしょう。
1996年にはファッション誌『ViVi』の表紙に初登場。2018年の最後のカバーまで、通算34回にわたり同誌の表紙を飾りました。
若い頃の写真を見返した安室さんは、当時の自分の眉毛が驚くほど細かったことに思わず笑っていたそうです。
2000年代にはベージュ系のリップやスモーキーなアイメイク、2010年代には楽曲に合わせた洗練されたスタイルへと変化しました。
ひとつの流行にとどまらず、その時々の自分に似合う表現を楽しんできたことも、安室さんが長年ファッションの世界で注目され続けた理由のひとつでしょう。
2.安室奈美恵のスキンケアと美容観|自由に美しさを楽しむ考え方
美容の専門家から学び、40歳前後も好奇心を持ち続ける
安室さんの美容への考え方を知るうえで印象的なのが、2014年の『VOGUE Taiwan』での本人インタビューです。
美容やスタイリングについて尋ねられた安室さんは、女性たちに自由にファッションを楽しんでほしいという思いを伝えていました。
自分の好きなものを選び、自分が心地よく感じられるスタイルを楽しむことを大切にしていたのです。
長年にわたり、撮影現場やステージではヘアメイクの専門家たちと仕事をしてきた安室さん。作品ごとに異なるメイクやヘアスタイルに挑戦し、さまざまな美容技術に触れてきました。
2018年、最後のファッション誌撮影に密着したドキュメンタリーでも、日常のスキンケアやメイク、興味を持っている美容について語る姿が紹介されています。
そのなかで話題になったのが美容鍼でした。
安室さんは美容鍼に関心を持ち、自分でもいろいろと調べていたそうです。スタッフとの会話も弾み、和やかな美容談義になった様子が伝えられています。
美容鍼について調べていたというエピソードからは、40歳前後になっても新しい美容の話題に好奇心を向ける、安室さんの姿が感じられます。
10代には大人っぽいメイクやファッションを楽しみ、20代、30代には楽曲の世界観に合わせた表現を広げ、40歳前後には日常の美容にも好奇心を向けていた安室さん。
美容を通じて新しい自分を見つける楽しさは、長い活動のなかでも大切にしてきた感覚だったのかもしれません。
3.安室奈美恵のメイク・ヘアケア|ノーマスカラメイクから本人選色コスメまで
2010年の『VOCE』で挑戦した、まつ毛を上げないナチュラルメイク
安室さんのメイクといえば、印象的なアイラインや美しく整えた眉毛を思い浮かべる方も多いでしょう。
ところが、長年ヘアメイクを担当した中野明海さんが後年明かしたエピソードには、まったく違ったメイクへの挑戦がありました。
中野さんが特に思い出深い撮影として挙げたのが、2010年2月号の美容専門誌『VOCE』の表紙です。
この撮影では、まつ毛をカールさせず、マスカラも使用しない、非常にナチュラルなメイクに仕上げたそうです。
1990年代の細眉や印象的な目元で一世を風靡した安室さんが、まつ毛を強調することなく、顔そのものの印象を生かしたメイクを披露していたのです。
中野さんは2023年の『VOCE』の取材でも、この撮影を印象深い仕事として振り返っています。
強いアイメイクも自然な目元を生かすスタイルも自在に表現する。その柔軟さが、安室さんのメイクの歴史にはありました。
2018年、本人がカラーを選んだ3種類のアイシャドウパレット
2018年には、コーセーのメイクアップブランド「ヴィセ」から、安室さん自身がカラーを選んだ限定商品「ヴィセ リシェ アイカラーパレット NA」が発売されました。
それぞれ4色を組み合わせたパレットは、ゴールドブラウン系、ボルドーブラウン系、グレイッシュブラウン系の3種類。
ゴールドブラウン系は自然な華やかさときらめきを感じさせるカラー。ボルドーブラウン系は女性らしい印象を持つカラー。グレイッシュブラウン系はクールでスタイリッシュな雰囲気を楽しめるカラーでした。
コンパクトには安室さんの撮り下ろし写真が使われ、アイカラーの表面にはサインもあしらわれています。
自らカラーを選ぶという形で商品に関わったことは、安室さんのメイクへの関心を示すエピソードです。
また、同年のコーセーのCM「I am I」篇では、安室さん自身がポーズや表情を提案し、撮影に取り組んだ様子が紹介されています。
映像と音楽の組み合わせについても監督やスタッフと話し合い、細かな部分まで作品づくりに関わっていました。
音楽、ファッション、メイクをひとつの世界観として表現する。そんな姿勢が、最後の広告撮影にも表れていたのです。
約26年間のヘアメイクチームと、ロングヘア・ヘアカラーの歴史
安室さんのさまざまなメイクやヘアスタイルを支えてきた人物のひとりが、ヘア&メイクアップアーティストの中野明海さんです。
ふたりが出会ったのは安室さんのデビュー前。CM撮影をきっかけに、その後約26年間にわたり、CDジャケット、ミュージックビデオ、ライブ、広告などで共に仕事をしてきました。
2001年からは栗原里美さん、2007年からは石田絵里子さんも携わり、それぞれの楽曲や作品の雰囲気に合ったスタイルを作り上げています。
特に石田さんは、安室さんの象徴的なヘアスタイルのひとつである編み込みを数多く担当してきた人物として、コーセーの公式資料で紹介されています。
ストレートのロングヘア、ポニーテール、華やかな巻き髪、繊細な編み込み。ヘアスタイルそのものが、楽曲の世界観を伝える大切な表現でした。
2003年にはマンダム「ルシード エル」のヘアカラーCMに出演。強い風を当ててロングヘアを大胆に動かし、ヘアメイクを3回変更しました。
シアー、グロス、マットという異なる質感を表現し、衣装についても本人がスタイリストと相談しながら選んでいたそうです。
そして2018年には、長年のヘアメイクチームが代表的な9曲のメイクを再現する、コーセー公式企画「NAMIE AMURO MAKE DRAMATIC」が公開されました。
アイシャドウ、アイライン、まつ毛、チーク、ヘアアレンジなどを組み合わせ、楽曲ごとに異なる表情をモデルで再現する内容です。
撮影では、使用するメイクアイテムやカメラの角度までこだわり、過去の作品の雰囲気を丁寧に表現しました。
安室さんからは、ファンやメイクを楽しむ人たちに、当時のメイクをヒントにそれぞれの今のメイクを楽しんでほしいという思いが寄せられていました。
この企画の撮影現場には、アルバム『Finally』の楽曲が流れていたそうです。
長年安室さんと仕事をしてきたスタッフたちは、昔の思い出を語り合いながら笑ったり、懐かしさに涙したりする場面もありました。
ひとりのモデルが次々に安室さんの歴代メイクへ変身していく様子に、スタッフ自身も驚いたと公式資料に記録されています。
1990年代から2018年まで、音楽とともに移り変わってきたメイクの歴史。それを長年の仲間が再び作り上げるという、温かい企画だったのです。
メイクやヘアスタイルの変化をたどることは、安室さんの音楽とともに歩んだ25年間を振り返ることにもつながります。
4.ダンス・運動・体型管理|ジャネット・ジャクソンへの憧れとステージでの体づくり
ジャネット・ジャクソンへの憧れと、歌とダンスへの情熱
安室さんのダンスへの情熱を知るうえで欠かせないのが、海外の女性アーティストから受けた影響です。
2012年、デビュー20周年のアルバム『Uncontrolled』発売時の本人インタビューでは、ジャネット・ジャクソン、ポーラ・アブドゥール、En Vogueへの憧れを語っています。
特にジャネット・ジャクソンへの思いは強く、デビューから20年が経っても憧れの存在であることは変わらなかったそうです。
歌とダンスを組み合わせ、力強い女性像をステージで表現する。安室さんが長年目指してきた方向性には、そうした女性アーティストから受けた刺激がありました。
本人が魅力を感じていたのは、弱さを抱えながらも前へ進む女性の姿。そうした芯の強さを、歌とダンスを通して表現したいと考えていました。
19歳の頃には、将来ダンスができなくなったときにはロックに挑戦してみたいという希望も語っています。
2012年の『Uncontrolled』では、エレクトロ系のダンスサウンドや、低めの声を生かした楽曲などにも挑戦しました。
20周年という節目に合わせて特別なテーマを設けるよりも、自分が良いと感じ、歌いたいと思う楽曲を選んだそうです。
憧れのアーティストへの気持ちを大切にしながら、新しい音楽表現にも挑戦してきたことがわかります。
ツアーリハーサルでの体型管理、ジムへの考え方とストレッチの失敗談
安室さんの体型管理を知るうえで重要なのが、長年続けてきたダンスとの関係です。
2015年、37歳の頃のインタビューでは、ツアーのリハーサルが始まるまではほとんど運動をしていないと話しています。
リハーサルが始まると自然に体が絞れてくるため、その時期に体型を調整していたそうです。
また、体を動かすと気分もすっきりし、内面からエネルギッシュになれるという感覚も語っていました。
ライブ本番では全力を出し切り、終演後には疲れを通り越して爽快な気分になることもあったそうです。
体型については、体重を落とした後、その状態を維持することの難しさを感じていました。
そして、自分よりスタイルの良いダンサーを意識的に選び、周囲の人から刺激を受けるようにしていたと話しています。
2018年の『Numéro TOKYO』撮影に密着したドキュメンタリーでは、ジムでトレーニングをしているのかと尋ねられ、実際には通っていないと回答しています。
さらに、以前アクロバティックなストレッチに挑戦した際には、翌日に筋の調子がおかしくなり、歩き方まで変わってしまったというユーモラスな失敗談も披露していました。
一方、ライブでは高いヒールのブーツを履きながら踊る場面も数多くありました。
2018年の展覧会「namie amuro Final Space」では、長年のステージ衣装も展示され、華やかな見た目とともに、ダンスを伴うライブの衣装づくりにも注目が集まりました。
普段のジム通いとは異なり、ツアーリハーサルやライブ本番で体を動かすことが、安室さんの仕事と深く結びついた身体活動だったのです。
5.安室奈美恵の食生活|焼肉・白米・沖縄料理・北海道のお寿司
好きな食べ物と、公演前に大切にしていた自然体の食生活
安室さんの食生活について、多くの人が驚いたのが、2018年7月29日に放送された日本テレビ『世界の果てまでイッテQ!』での発言です。
番組では、長年安室さんのファンだったイモトアヤコさんとの対談が実現。仕事への思いやプライベートについて、さまざまな質問に答えました。
そこで安室さんが挙げた好きな食べ物は、お肉や白米でした。
焼肉を好み、玄米よりも白米が好きだという発言や、普段スムージーを飲んでおらず、果物もあまり食べないという回答が、当時の放送内容を紹介した記事に残されています。
長年スリムなスタイルを維持してきたアーティストの食生活としては、意外に感じる人も多かったかもしれません。
また、2016年の海外インタビューでは、公演前の準備についても興味深い考え方を語っています。
ライブ前には、特別な食事制限や美容ケア、決まった験担ぎのようなルーティンを設けていなかったそうです。
細かなルールに気を取られるよりも、自然な状態でステージに臨むことを大切にしていた様子が伝わります。
故郷・沖縄の料理については、沖縄そばやゴーヤーチャンプルーを挙げています。
海ぶどうについては、東京で活動するようになってから沖縄の食材だと知ったという、少し意外なエピソードもありました。
また、2017年には北海道のラジオ番組で、お寿司のおいしさについて話しています。
北海道のお寿司はおいしく、つい食べすぎてしまうという発言からも、食べることを楽しむ素顔が感じられます。
台湾での仕事については、現地を訪れてもホテルの食事やコンサート会場のお弁当を食べることが多いと説明していました。
その一方で、現地で買い物をしたり、おいしい料理を楽しんだりしてみたいという思いも語っています。
沖縄の郷土料理、北海道のお寿司、焼肉や白米。安室さんの食に関する発言には、身近な料理を気負わず楽しむ自然な一面が表れています。
6.半身浴・睡眠・休息|夜型の生活と自分らしいリラックス方法
ストレスを感じたときの半身浴と、家で過ごす静かな休日
安室さんが本人の言葉で紹介していたリラックス方法のひとつが、半身浴です。
2014年の『VOGUE Taiwan』インタビューでは、美容の秘訣について尋ねられ、ストレスを和らげるために半身浴を取り入れていると話していました。
ライブや撮影など、緊張感のある仕事が続く毎日。お風呂に入りながらゆっくり過ごす時間は、本人にとって気分を落ち着けるひとときだったのでしょう。
また、2016年の本人インタビューでは、自分を夜型だと説明しています。
2018年のイモトアヤコさんとの対談では、休日は家でゴロゴロしながら、テレビを見たり漫画を読んだりして過ごすと話していました。
実は、2014年にも休日はほとんど家でゴロゴロしていると話していた安室さん。数年を隔てたインタビューで共通する、自宅でのんびり過ごすことを好む素顔が見えてきます。
ステージでは華やかな衣装をまとい、何万人もの観客の前で全力のパフォーマンスを披露する安室さん。その一方で、自宅で自分のペースを取り戻すような静かな時間も楽しんでいました。
本人は、物事をじっくり考える性格で、気持ちを切り替えるまでに時間がかかることもあると語っています。
10代の頃は目の前のチャンスを逃したくないという思いが強く、常に緊張感を持って活動していました。
経験を重ねるなかで、意識してリラックスする時間を持つことの大切さにも気づいていきました。
2018年のインタビューでは、音楽が自分自身を支えてくれる存在だったとも話しています。
大きな決断をするときやプレッシャーを感じる場面では、音楽によって気持ちが明るくなったり、落ち着いたりする経験があったそうです。
自分自身が歌っている楽曲の歌詞に励まされることもあり、音楽は表現する仕事であると同時に、心を支えてくれる存在でもありました。
仕事への情熱と、自宅で過ごす穏やかな時間。その両方を大切にしながら、自分らしい休息の取り方を見つけていったのでしょう。
7.安室奈美恵の結婚・家族・子育て|母親になって変わった人生観
SAMさんとの結婚・離婚、長男のお弁当を作った日々
安室さんの人生における大きな転機のひとつが、結婚と出産でした。
1997年10月、20歳のときにTRFのダンサーSAMさんと結婚。翌1998年5月に長男を出産しました。
人気絶頂期の結婚と出産は大きなニュースとなりましたが、本人にとっては、好きな人と結婚し、子どもを迎えるという自然な幸せでもありました。
2002年には離婚しましたが、母親として息子さんとの日々を大切にしてきました。
2017年のNHK特番『安室奈美恵 告白』では、長男が幼い頃、毎朝お弁当を作っていたというエピソードを披露しています。
タコさんウインナーや卵焼きなどを用意し、小さなおにぎりに海苔を巻いて、サッカーボールのような模様を作ったこともあったそうです。
その後、手の込んだキャラクター弁当が流行するようになりましたが、息子さんはすでにお弁当を卒業していたため、ほっとしたというユーモラスな話もしていました。
大きなステージで歌い踊る姿とは違い、毎朝のお弁当作りに向き合う母親としての安室さん。その素顔には、親しみやすさと温かさが感じられます。
また、2017年には成長した長男との関係について、息子さんの親離れが進む一方、自分の子離れがなかなか進まないと笑いながら話しています。
出産後の紅白復帰と『Say the word』に込めた息子への思い
出産に伴う休業期間は、安室さんにとって自分自身を見つめ直す時間にもなりました。
自分で決めた休業でしたが、当初は長く仕事を離れることへの不安や焦りも感じていたそうです。
時間がたつにつれて、少し離れた視点からアーティストとしての自分を見つめられるようになり、これからの活動について考える時間が生まれました。
1998年の『NHK紅白歌合戦』では、出産後の復帰ステージとして『CAN YOU CELEBRATE?』を歌唱しました。
久しぶりの大きな舞台で、観客が温かく迎えてくれるか不安を感じていた安室さん。会場からの拍手に感極まり、歌いながら涙を流しました。
2017年のNHK特番で当時の映像を振り返った際にも、そのときの気持ちがよみがえり、再び涙する姿がありました。
さらに2001年には、小室哲哉さんのプロデュースを離れ、自分自身で音楽の方向性を考える大きな転機を迎えます。
そんな時期に発表したのが、自ら作詞を手がけた『Say the word』でした。
安室さんは、息子さんのために自分に何ができるのかを考え、その素直な気持ちを歌詞に込めたと後年明かしています。
母親としての愛情が、自分自身の言葉で歌を作るきっかけになったのです。
また、子どもが生まれたことで、仕事とプライベートの気持ちの切り替えも自然にできるようになったと話しています。
仕事と子育てを両立するなかで、悩みは周囲に相談し、一つずつ解決していくことの大切さにも気づいていきました。
母親としての経験が、歌への感情の込め方や人生の見方にも影響を与えていたことがわかります。
息子との旅行、サントリーニ島、花火大会への憧れ
30代になると、安室さんは仕事とプライベートの時間をより上手に使えるようになったと振り返っています。
20代の頃よりも自由度が増し、息子さんと旅行に出かける機会も増えたそうです。
お気に入りの場所として挙げていたのが、ギリシャのサントリーニ島でした。
白い建物と青い海で知られる島ですが、安室さんはゆったりとした雰囲気が気に入っていたと話しています。
また、夏にはレコーディングやライブの準備が重なることも多く、花火大会や夏祭りに行ってみたいという憧れもありました。
夏の旅行では花火を楽しめる場所を選びたいと語っていたこともあります。
30代を振り返った安室さんは、困難な出来事もありながら、それ以上に楽しく充実した時期だったと話しています。
仕事に情熱を注ぎながら、母親としての時間や旅行も大切にする。その経験が、40歳を迎える頃の人生観にもつながっていきました。
8.仕事観・人生観|「かっこいい女性」を表現し続けた25年間
小室哲哉さんからの独立と、MCのないライブを選んだ理由
安室さんが長年大切にしてきたイメージのひとつが、「かわいい」よりも「かっこいい」という女性像です。
10代の頃は、自分の意思を強く示すことがかっこよさにつながると考え、笑顔を求められても応じたくなかったり、ピンクの服を着ることに抵抗があったりしました。
経験を重ねるにつれて、そうした考え方にも変化が生まれます。
特に小室哲哉さんのプロデュースを離れた後は、自分で作品の方向性を考えることへの難しさを感じる時期もありました。
世間から求められる安室奈美恵というイメージと、実際の自分との間に距離を感じ、これからどのようなアーティストを目指すべきか悩むこともあったそうです。
そんな経験を経て、自分が得意な歌とダンスに集中し、楽曲やステージ全体で自分らしさを表現する方法を磨いていきました。
2012年のアルバム『Uncontrolled』では、自分が好きで歌いたいと思う楽曲を選ぶことを大切にしたと説明しています。
また、作品づくりでは、それぞれの専門家と力を合わせ、より良い音楽や映像を作ることを重視していました。
その姿勢を象徴するもののひとつが、ライブで長いMCを設けないスタイルです。
以前は大阪公演でお好み焼きの話をするなど、曲の合間に観客へ話しかけていた時期もありました。
しかし、楽しい食事の話から突然激しいダンスナンバーへ移ることに、本人として違和感があったそうです。
そこでMCをなくし、歌とダンスでライブ全体をつなぐスタイルへと変化させました。
また、楽曲ごとにさまざまな強い女性像を演じることは、本人自身にとっても特別な意味がありました。
心が折れそうになったときには、ステージで表現する力強い安室奈美恵という存在に、逆に自分自身が励まされることもあったそうです。
アーティストとして表現する強さが、自分自身を支えることもあったという言葉は、25年間の活動を知るうえで印象的です。
故郷・沖縄への思いと、ファンへの感謝、引退という決断
安室さんが長年大切にしてきたもののひとつが、故郷・沖縄でのステージでした。
初めて沖縄でコンサートを開催したときの光景は、仲間とともに目指してきた夢が実現した瞬間として、本人の記憶に強く残っていたそうです。
2012年にはデビュー20周年を記念した沖縄公演を予定していましたが、台風の接近によって中止となりました。
その5年後、2017年9月16日・17日には、故郷で25周年記念ライブが実現しました。
デビュー当時の楽曲も披露し、長年支えてくれたファンと特別な時間を共有した2日間でした。
引退前には、ファンのために行動する安室さんの温かい一面も話題になりました。
2018年の『世界の果てまでイッテQ!』では、長年応援してくれていたイモトアヤコさんに会うため、台湾公演後の帰国を1日延ばしたことが紹介されています。
しかも、番組ではお茶を運ぶ店員に変装して登場。突然憧れの安室さんが現れたイモトさんは、驚きと喜びで涙を流しました。
そのサプライズからは、ファンの気持ちを大切にする優しさと、相手を喜ばせることを楽しむ遊び心が伝わってきます。
2018年のNHKのインタビューでは、ファンから寄せられた言葉に触れて涙する姿もありました。
引退については20代後半の頃から考えることがあり、2012年の20周年も大きな節目として意識していました。
その後も活動を続け、2017年の25周年を迎え、最後のツアー『namie amuro Final Tour 2018 ~Finally~』では、長年の代表曲を中心に、ファンへの感謝を込めたステージを披露しました。
小室哲哉さんが新たに手がけた『How do you feel now?』にも特別な思いを持ち、活動の歴史を振り返る楽曲として大切にしていました。
そして2018年9月16日、安室さんは25年間の音楽活動を終えました。
引退後については、これまであまり趣味がなかったため、これから探してみたいと笑顔で話しています。
将来については、好きな場所を旅行したり、温泉でゆっくり過ごしたりする暮らしにも憧れていたそうです。
歌とダンスに情熱を注いできた長い年月の先に、自分自身のための新しい時間を思い描いていたのです。
まとめ|安室奈美恵の美しさを支えた、自然体と自分らしい生き方
安室奈美恵さんの美容法や健康習慣を振り返ると、華やかなステージとは少し違った、自然体な素顔が見えてきます。
ツアーリハーサルで体を動かし、ライブでは全力を出し切る。休日には自宅でテレビや漫画を楽しみ、自分のペースで過ごす時間も大切にしていました。
食生活では焼肉や白米、沖縄料理、北海道のお寿司を好み、半身浴をリラックスする時間として取り入れていたことも本人が語った習慣です。
美容では、細眉とアイラインが印象的だったアムラー時代から、ナチュラルな目元を生かしたメイクまで、多彩な表現に挑戦してきました。
長年のヘアメイクチームとともに作品を作り上げ、最後には自らアイシャドウのカラー選びにも参加しています。
また、結婚と出産、子育て、音楽活動の転機を経験するなかで、歌や人生への考え方も変化していきました。
2018年9月16日に25年間の音楽活動を終えた後も、その歌声、ダンス、メイク、ファッション、そして生き方は、多くの人の記憶に残っています。
美容も健康も、心地よい暮らし方も人それぞれ。安室さんの歩みからは、好きなことを大切にしながら、新しい自分を楽しんでいくことの魅力が伝わってきます。
参考情報
※本記事は公開情報や本人インタビューをもとに構成しています。紹介する習慣は取材当時の内容を含みます。