柔らかな笑顔と自然体の美しさで、長年親しまれている俳優・風吹ジュンさん。2026年に74歳を迎えた今も映画やドラマで活躍し、年齢を重ねることを楽しむような軽やかな生き方が注目されています。
その美容法や健康習慣を詳しく調べると、驚くほど活動的で好奇心旺盛な人物像が見えてきます。
50代には中国茶に夢中になり、約10年をかけて中国各地の茶畑を訪問。60代から本格的に登山を始め、67歳で標高2,999mの剱岳に登頂しました。70代になっても料理への探究心は健在で、忘れられないチキン料理の作り方を知りたい一心で料理家を探し出し、俳優仲間が集まる料理教室へと発展させています。
美容についても、20年近く愛用してきたヘアケア製品、お風呂上がりのまつ毛美容液、40代から取り入れたアロマなど、本人ならではの習慣が豊富です。野菜や豆を使った自炊、ジャイロトニックやウォーキングなども長年の生活に根づいています。
風吹ジュンさんは1952年5月12日、富山県生まれ。1973年にユニチカのマスコットガールとして注目され、1974年に歌手デビュー。1975年のドラマ『寺内貫太郎一家2』から俳優として本格的に活動を始めました。
ドラマ『阿修羅のごとく』、映画『無能の人』『コキーユ 貝殻』『魂萌え!』などで幅広い演技を見せ、『無能の人』では日本アカデミー賞優秀助演女優賞、『コキーユ 貝殻』では報知映画賞主演女優賞を受賞。近年も『そして父になる』『海街diary』『ちひろさん』、NHK連続テレビ小説『あさが来た』など数多くの作品に出演しています。
2025年にはカトリーヌ・ドヌーヴさんと共演した映画『SPIRIT WORLD スピリットワールド』も公開され、50年以上にわたる俳優人生を重ねながら、新しい作品との出会いを楽しんでいます。
私生活では1981年に音楽プロデューサーの川添象郎さんと結婚し、一男一女をもうけました。1992年に離婚した後は、俳優の仕事を続けながら二人の子どもを育て、2025年の取材では4人の孫を持つ祖母としての暮らしも語っています。
子育てと仕事に追われた40代、体調を見直した50代、新しい挑戦が広がった60代、そして人との出会いや学びを楽しむ70代。風吹さんの美容と健康には、その人生の歩みが深く関わっています。
今回は本人インタビューや公式番組情報をもとに、スキンケア、ヘアケア、愛用コスメ、サプリメント、食生活、運動、睡眠、中国茶、結婚・家族、人生観まで詳しく紹介します。
1.風吹ジュンの美容法|笑顔・表情・年齢を重ねる美しさ
自分のシワにも誇りを持つ美容観
風吹さんの美容観で印象的なのは、年齢を重ねた自分の姿を自然に受け入れる姿勢です。
2021年のOurAgeでは、毎日鏡で自分の顔を見ながら、清潔に身だしなみを整え、自分のシワにも誇りを持って生きたいという考えを語っています。
長い俳優人生の中で、喜びや悲しみ、葛藤など、さまざまな感情を表現してきた風吹さん。顔に刻まれた変化も、自分が歩いてきた人生の一部として捉えているようです。
2025年には、映画『SPIRIT WORLD スピリットワールド』でフランスの名優カトリーヌ・ドヌーヴさんと共演。子どもの頃に映画で見ていた憧れの俳優と同じ作品に出演するという、特別な経験をしました。
撮影中は同じホテルに滞在し、食事を共にする機会もあったそうです。ドヌーヴさんが日本の品物に興味を持ち、撮影の合間に手に取って熱心に質問していた姿も印象に残っているといいます。
大先輩の俳優が、長く第一線で活動しながら新しいものへの好奇心を持ち続けている。その自然体の姿に、風吹さんは深い尊敬の気持ちを抱いていました。
マスクの下でも口角を意識する笑顔の習慣
2021年の『美ST』では、マスクを着けているときにも口角を上げるよう意識していると語っています。
風吹さんにとって笑顔は、相手への好意を自然に伝えるコミュニケーションの一つです。
当時は「イー」「ウー」と口を動かす発声練習や、ペットボトルを使った口元のトレーニングについても紹介していました。
俳優として役柄によって表情を使い分けることもあり、口元の動きや顔全体の印象には特に関心を持っているようです。
さらに2025年の『美ST』では、自分の表情を知るために写真より動画を見るという考え方を紹介しています。
親しい声楽家・鮫島有美子さんから、演じる感情によって顔の印象が変わると指摘されたことが、改めて自分の表情を見つめるきっかけになったそうです。
スキンケアやメイクとともに、普段どのような表情で過ごしているかにも目を向ける。長年の俳優経験を持つ風吹さんならではの美容への考え方です。
気持ちが落ち着かないときの過ごし方にも、自分なりの工夫があります。2021年には、母親から教わった仏教に由来する言葉や、ハワイのホ・オポノポノの考え方に触れ、心の中で言葉を唱えて気持ちを整理することがあると話していました。
自分の感情を見つめ、穏やかに人と接することも、風吹さんが日々大切にしてきた習慣の一つです。
身につけるものについては、清潔感と使いやすさを大切にしています。2025年には、汗止め部分を取り外して洗えるマウンテンリサーチの麦わら帽子を夏の愛用品として紹介しました。
普段はコンタクトレンズを使用し、映画の字幕をはっきり見たいときには度付き眼鏡を使うなど、場面に応じて使い分けています。
豆知識①|大分の竹かごに一目ぼれ
九州を旅行中、大分県の「竹工房オンセ」で職人・高江雅人さんのかごバッグに魅了された風吹さん。その場で一つ購入し、漆塗りの黒いバッグも注文しました。内布には泥染めの大島紬が使われ、洋服にも着物にも合わせて楽しんでいるそうです。
2.ヘアケア・頭皮ケア・まつ毛美容液|長年愛用する美容アイテム
ジョジアンヌ ロールを約20年間愛用
風吹さんの美容習慣の中でも、具体的な愛用品が豊富に確認できるのがヘアケアです。
2021年の『美的GRAND』では、ジョジアンヌ ロールのヘアケアシリーズを20年近く使用していると紹介されました。
当時掲載されていたのは、頭皮用ローション「CH ローションブリオンス」、トリートメント、頭皮用オイル「エッセンスキャピロール」、ヘアパック「クレームボリューム」の4種類です。
特にエッセンスキャピロールは本人の私物として掲載されており、髪だけでなく頭皮の手入れも大切にしていたことが分かります。
風吹さんは、使い続ける中で感じた髪の根元の立ち上がりや、自然で優しい香りを気に入っていると話していました。
同じ年の『美ST』にも、同ブランドの「シャンポワン オーザルグ」、ローション、トリートメントが登場しています。
新しい美容製品が次々と登場する中でも、自分に合うと感じたものと長く付き合う。20年近く愛用してきたというエピソードには、風吹さんの美容に対する一貫した姿勢が表れています。
これらは2021年当時の本人使用情報です。
お風呂上がりのまつ毛美容液と40代からのアロマ
髪や頭皮の手入れに加えて、まつ毛にも日常的に気を配ってきました。
2021年の『美的GRAND』では、アートネイチャーのまつ毛美容液「MAITSUYU(マイツユ)」を紹介。お風呂上がりに使用していたそうで、本人もその使用感を気に入っていました。
取材にはヘア&メイクアップアーティストの長井かおりさんも登場し、風吹さんのまつ毛の状態についてコメントしています。
美容のためだけに特別な時間を作るよりも、入浴後の生活の流れに細かな手入れを組み込んでいたことが印象的です。
香りとの付き合い方は、40代に変化しました。それまでの香水の香りを強く感じるようになり、精油を取り入れ始めたそうです。
2021年にはサンダルウッドやティートゥリーなどの精油について語り、自分でマスクスプレーを作ることも紹介しています。
また、デ・マミエールのオイルを、眠りや目覚めの時間に楽しむお気に入りとして挙げていました。
以前から使い慣れた香りにこだわるよりも、その時々の自分に心地よいものを探す。そんな柔軟さも、風吹さんの美容習慣の特徴です。
精油には種類や濃度によって取り扱いに注意が必要なものもあるため、ここでは本人の香りへの関心や愛用経験として紹介しています。
豆知識②|30年以上同じ鍋を使い続けた
2020年の『婦人公論』では、気に入った鍋の取っ手を交換しながら30年以上使ってきたと語っています。20年間使った洗濯機にも愛着があり、調子が悪くなってからも工夫しながら使っていたそうです。長年愛用するヘアケア製品と同じように、暮らしの道具も大切にしてきました。
3.風吹ジュンの食生活|野菜・豆・きのこを楽しむ自炊
ブロッコリー半株を使ったお気に入り料理
風吹さんは、食べることも料理をすることも大好きです。
2025年12月の『美ST』では、一人暮らしになってからも自炊を大切にしていると語り、普段の献立を詳しく紹介しました。
特に印象的なのが、ブロッコリーを半株ほど使った料理です。
ブロッコリーをオリーブオイルとニンニクで蒸し焼きにし、最後にパルミジャーノを削り、塩とこしょうで仕上げます。
シンプルな調理方法ながら、食材そのもののおいしさを楽しめる一皿。風吹さんも気に入っているそうです。
ほかにも薬味を刻んでストックしておき、野菜やきのこと一緒に炒めることがあります。しょうゆの代わりにナンプラーを加えてアジア風に仕上げるなど、調味料の組み合わせも楽しんでいます。
料理を健康管理のためだけに考えるよりも、毎日の食卓で新しい味を発見することを楽しんでいる様子が伝わってきます。
鞍掛豆・前川金時・五穀米への探究心
2021年のOurAgeでは、豆料理に夢中になっていると話していました。
鞍掛豆や前川金時など、さまざまな乾燥豆を試し、素材ごとの風味を楽しんでいるそうです。
当時は乾燥豆を水に8時間ほど浸し、約30分煮るという自身の調理例を紹介。時間がないときには熱湯を使うこともあると語っていました。
豆の種類によって適切な戻し方や加熱時間は異なりますが、風吹さんは味付けをせずに素材そのものを味わったり、ポトフに加えたりと、さまざまな食べ方を研究しています。
具だくさんの味噌汁や五穀米にも関心を持ち、日々の食卓で新しい組み合わせを試してきました。
2023年の『ハルメク』では、大量のきのこを購入して作ったマリネについても語っています。
ニンニクとアンチョビできのこをソテーし、ビネガーを加えて仕上げたところ、そのおいしさを改めて発見したそうです。
食材一つひとつの個性を楽しむところに、中国茶の品種や産地を研究する姿勢とも共通した好奇心が感じられます。
朝のドリンクと撮影現場の間食
料理に時間をかける日もあれば、忙しい朝には準備を工夫することもあります。
2025年の『美ST』では、果物と野菜を使った市販のドリンクを冷凍保存し、アーモンドミルク、豆乳、プロテインドリンクなどで割って飲んでいると紹介しました。
仕事や外出の予定がある朝にも、自分の生活に合った方法で食事を用意しています。
また、2023年の『ハルメク』では、撮影現場へ好みのナッツとドライフルーツを組み合わせて持参する習慣についても語っています。
撮影で食事の時間が変わりやすい日にも、好きなものを準備しておく。長年の俳優生活の中で身についた生活の工夫です。
風吹さんにとって食事は、体調を意識する時間であるとともに、毎日を楽しむための大切な趣味でもあります。
豆知識③|ハンバーグに使ったナツメグに感動
中学生の頃から兄との暮らしの中で自炊を始めた風吹さん。近所の人の料理を参考に煮物を作り、ハンバーグにナツメグを使ったときには、香りの違いに驚いたそうです。現在まで続く料理好きの原点には、少女時代の小さな発見がありました。
4.50代からの健康管理|砂糖・栄養・サプリメント・漢方
仕事と子育てに追われた40代からの転機
風吹さんが体調管理を本格的に意識するようになった背景には、40代の忙しい生活があります。
1992年の離婚後、二人の子どもを育てながら俳優として働き続け、撮影現場と家庭を行き来する日々を過ごしていました。
2025年の『美ST』では、当時は運動や美容に時間をかける余裕もなく、仕事に懸命に取り組んでいたと振り返っています。
50代に入る頃には体調の変化を感じるようになり、2021年の『美ST』では、気力が落ちて笑顔になることさえ難しく感じた時期についても語りました。
その後、52歳のときに医師の診察を受けたことが、栄養や体調管理への関心を深める転機になったと、2021年の『美的GRAND』で紹介されています。
家族や仕事を優先してきた時間の中に、自分自身の体と向き合う時間が加わったのです。
砂糖を控え、食材の選び方を見直す
2023年の『ハルメク』では、50代に受けた検査をきっかけに、料理に砂糖を使うことを控えるようになったと話しています。
その時点で、普段の調理に砂糖を使わなくなって約10年が経過していたそうです。
本人は当時の体調と食事について自身の経験を語っていますが、検査結果や体調の原因は個別に医学的な判断が必要なものです。
食事では炭水化物の量にも気を配り、野菜やきのこを使った料理を楽しみながら、医師の助言も受けて肉類を取り入れていました。
2025年には果物や野菜のドリンクも紹介しており、日々の食事を工夫しながら、おいしく食べることを大切にしてきた様子がうかがえます。
2021年に紹介したサプリメントと2025年の漢方
2021年の『美的GRAND』には、風吹さんが取材当時に取り入れていたサプリメントが詳しく紹介されています。
朝のアイテムとしては、グルタチオン、高濃度マルチビタミン「SNOW-WHITE SKIN」、医師の処方が必要なDHEAなどが掲載されました。
夜にはアミノ酸パウダー、医科向け高濃度ビタミンC、プロバイオティクス、睡眠に関連する「Deep Sleep」、髪や肌、爪に関連する「H.S.N.P」などを取り入れていたと紹介されています。
こうした具体的なアイテムからも、自分の栄養状態や体調について知ろうとする関心の深さが伝わります。
ただし、これらは2021年当時の本人使用情報であり、現在も同じ製品を使用していることを示すものではありません。
特にDHEAのようなホルモンに関係する製剤は、医療上の判断が必要です。一般的なサプリメントにも、服用中の薬との飲み合わせや使用上の注意があるため、本人の利用例をそのまま再現するのではなく、製品表示や専門家の指示に従うことが大切です。
2025年の『美ST』でも、風吹さんはサプリメントや漢方との付き合い方について語っています。
撮影が遅くまで続く日や、大切な予定がある日など、自分の体の状態に意識を向けているそうです。
取材時期によって紹介された製品や考え方にも違いがあり、50代から70代にかけて、生活の変化に合わせて健康管理を考えてきたことが分かります。
豆知識④|子どもの頃は坂道が大嫌いだった
2021年のOurAgeで、幼い頃は坂道が嫌いで、世の中の坂を全部平らにしたいと思っていたと振り返った風吹さん。そんな少女が、後に標高2,999mの剱岳へ登ることになるのですから、人生の変化は面白いものです。
5.運動習慣|ピラティス・ジャイロトニック・ウォーキング
50代からのピラティスとジャイロトニック
風吹さんは、50歳頃から体を動かすことを意識するようになりました。
2020年の『婦人公論』では、体調の変化を経験したことをきっかけに、ピラティスに取り組み始めたと語っています。
その後、60代にはジャイロトニックを生活に取り入れるようになりました。
ジャイロトニックは専用の器具を使い、曲線的な動きや呼吸を組み合わせながら体を動かすエクササイズです。
2021年のOurAgeでは、約3年前から始めたと紹介されており、2018年前後には取り組んでいたと考えられます。
2025年の『美ST』でも、蓑島慧先生の指導のもと、週1回のレッスンを5年以上続けていると語っていました。
本人は体のバランスや動かしやすさについて、自身が感じている変化も紹介しています。
60代から70代へと年齢を重ねる間も、定期的に体を動かす時間を生活の一部として大切にしてきました。
買い物では2駅分を歩き、街歩きも楽しむ
特別なレッスンに加えて、普段の暮らしでも積極的に歩くことを心がけています。
2023年の『婦人公論』では、買い物の際に2駅分ほど歩き、帰りに荷物を持って移動することも腕を使う機会として捉えていると話しました。
別の取材では、3〜4駅分歩くことも紹介されています。
また、高いところにある物を取るときに腕を伸ばしたり、背伸びをしたりと、日常の小さな動きにも目を向けています。
2023年の『ハルメク』では、登山に必要となる体の動きは日常生活とは違うと話し、さまざまな方向に手足を動かす経験についても語っていました。
普段からスニーカーを合わせた動きやすい服装を好むことも、こうした生活スタイルにつながっています。
風吹さんにとって、歩くことは街の魅力を発見する時間でもあります。
2023年の『ESSE』では、京都で気になるうどん店を探し、途中で寺院にも立ち寄りながら3km以上歩いたエピソードを紹介しています。
おいしいものを探し、新しい景色に出会いながら自分の足で移動する。そんな日常の楽しみも、風吹さんの活動的な暮らしを形づくっています。
豆知識⑤|約1,000匹のメダカとの暮らし
2020年の『婦人公論』では、約1,000匹のメダカを飼育していたと語っています。知人から譲り受けたメダカが増え、卵を別の鉢へ移して育てるなど、世話を続けてきました。小さな生き物の成長や変化を観察する時間も、風吹さんの楽しみの一つです。
6.67歳で剱岳登頂|60代から始まった登山への挑戦
同窓会での再会が登山のきっかけに
富山県出身の風吹さんにとって、立山連峰は故郷を象徴する風景です。
本格的に登山を始めたのは60代になってから。きっかけは、同窓会で山に詳しい同級生と再会したことでした。
登山の案内役を紹介してもらい、実際に立山へ登る機会が生まれました。
2021年のOurAgeでは、父親もかつて登山が好きだったと知り、離れて暮らしていた父のことを理解したいという気持ちも、登山への関心につながったと語っています。
父親の知らなかった一面を、同じ山に向かうことで少しずつ理解しようとする。風吹さんの登山には、そんな家族への思いも重なっていました。
2019年、標高2,999mの剱岳へ
そして2019年、67歳で標高2,999mの剱岳に登頂しました。
剱岳は北アルプスに位置し、急峻な岩場が続くことで知られる山です。
登山の案内役として関わったのは、映画『劒岳 点の記』で山岳監督を務めた国際山岳ガイド・多賀谷治さんでした。
風吹さんは目標に向けて事前に山へ登り、経験を積みながら準備を重ねてきたと語っています。
2021年のOurAgeでも、いくつかの山に挑戦した後、剱岳へ登った経緯を振り返っています。
新しい目標を見つけたときには、必要な準備を重ねながら一歩ずつ進む。年齢を重ねてから始めた登山には、風吹さんの行動力と慎重さが表れています。
2026年9月の『人生最高レストラン』でも、同窓会での再会から山に挑戦するようになった人生の転機を語っています。
50代から続けてきた体づくりや、旅先で歩くことへの関心も、登山を楽しむ暮らしにつながっていったのでしょう。
豆知識⑥|ハイハイの頃から外の世界へ冒険
2026年9月のテレビ出演では、まだハイハイをしていた頃から家を抜け出し、隣の家まで行ってしまう子どもだったと振り返っています。家族が探し回ったという話からも、幼い頃から好奇心旺盛だったことが伝わります。
7.中国茶・睡眠・休息|旅先でも楽しむお茶と香り
約10年間かけて中国の茶畑を巡る
風吹さんの趣味の中でも、特に深い情熱を注いできたのが中国茶です。
中国茶専門店「古今茶籍」との出会いをきっかけに、茶葉の品種や産地の違いに魅了されました。
2021年の『美的GRAND』では、中国茶の産地を21か所訪れたと紹介されています。
2026年9月の『人生最高レストラン』でも、50代から約10年をかけて中国各地の茶畑を巡ったという話が紹介されました。
一杯のお茶の味わいに興味を持ち、そのお茶が育つ土地へ実際に足を運ぶ。飲み物への関心が、長い旅と文化への探究につながっていきました。
2021年のOurAgeでは、茶葉の買い付けに同行した旅で飛行機に乗り遅れたり、ホテルの予約が取れていなかったりした出来事も振り返っています。
予定が変わったときにも現地で方法を考え、旅を続けてきたという風吹さん。さまざまな土地を訪れる中で、人々の暮らしや文化にも触れてきました。
鉄観音やプーアル茶、茶葉ごとの香りを楽しむ
2021年の『美的GRAND』では、鉄観音やプーアル茶などの中国茶について語っています。
中国茶は茶葉の種類や産地、加工方法によってさまざまな個性があり、一煎ごとに香りや味わいの変化を楽しめるものもあります。
風吹さんは自分の体調と照らし合わせて好みのお茶を選ぶことについても話していますが、ここでは本人の飲み方や茶文化への関心として紹介します。
産地を実際に訪ねた経験を持つ風吹さんにとって、お茶を淹れる時間には、その土地の風景や人々との思い出も重なっているのかもしれません。
2025年の『美ST』では、携帯用の中国茶器セットも愛用品として紹介しました。
上海で舞台『千と千尋の神隠し』を観劇した際の出会いをきっかけに、雲南茶専門店から購入したものだそうです。
旅先でも自分でお茶を淹れて楽しめるように、持ち運びやすい道具を選ぶ。50代から始まった中国茶への情熱は、70代の暮らしにも深く根づいています。
眠りと目覚め、自宅で過ごす時間も大切に
2021年の『美的GRAND』では、眠りと目覚めの時間に好きな香りを楽しむことについても語っています。
当時はデ・マミエールのオイルを、睡眠前後の香りのお気に入りとして紹介していました。
また、仕事の予定や体の状態に応じて、休息や栄養管理を意識していることも複数のインタビューからうかがえます。
特定の睡眠時間を決めているという話ではなく、自分の体の状態を見つめ、心地よい過ごし方を考えることを大切にしているようです。
活動的な旅や登山を楽しむ一方、自宅で料理をしたり、映画やドラマに夢中になったりする時間も好きだという風吹さん。
外の世界で新しい刺激を楽しむ時間も、自宅で好きなことに没頭する時間も、どちらも大切な暮らしの一部になっています。
豆知識⑦|中国の茶農家で茶葉の袋に囲まれて宿泊
2026年のテレビ出演では、中国茶を求める旅の途中、現地の茶農家で茶葉の袋に囲まれて寝かせてもらった経験を披露しました。現地の人と直接相談しながら宿泊先を探すこともあったそうで、茶文化を知りたいという熱意が伝わる旅のエピソードです。
8.結婚・離婚・子ども・孫と人生観|74歳でも広がる好奇心
少女時代の経験と偶然の芸能界デビュー
風吹さんの人生には、さまざまな転機がありました。
子どもの頃に両親が離婚し、中学生の頃には京都で兄と暮らすようになりました。
2026年9月の『人生最高レストラン』では、母親が家を離れ、兄との生活が始まった少女時代について詳しく振り返っています。
当時、保護者がいないことを知った担任教師が手を差し伸べ、風吹さんは先生の家の屋根裏部屋で中学校卒業まで過ごしたと語っています。
まだ若い頃からさまざまな人に助けられ、自分の生活を切り開いてきた経験は、現在の人との付き合い方にもつながっているのでしょう。
芸能界入りも、思いがけない出会いから始まりました。
20歳頃、友人の紹介でモデル事務所を訪れたところ、思いがけずオーディションを受けることになったそうです。
その後、ハワイでの仕事を経験し、帰国すると「風吹ジュン」という芸名が付けられていたという話も披露しています。
1970年代のモデル・歌手活動から俳優へと活動の場を広げ、数多くの映画やドラマに出演。2023年には芸能生活50周年を迎えました。
長い俳優人生で大切にしてきた人物の一人が、樹木希林さんです。
2026年9月の『人生最高レストラン』では、樹木さんが俳優として歩み続ける支えになったことや、老舗そば店「室町砂場」で最後に対面した際の思い出を語っています。
仕事を通して出会った人々への感謝も、風吹さんの言葉から伝わってきます。
1981年の結婚と1992年の離婚、二人の子育て
風吹さんは1981年に音楽プロデューサーの川添象郎さんと結婚し、娘と息子が生まれました。
1992年に離婚した後は、二人の子どもを育てながら俳優の仕事を続けました。
2025年の『美ST』では、当時の生活を率直に振り返っています。
家族の生活を支えるために仕事を続け、撮影に追われながらも、子どもたちとの時間を大切にしたいと考えていたそうです。
特にこだわっていたのがお弁当作りでした。
前日の料理をアレンジしたり、冷凍食品を活用したりしながら、忙しい毎日でもお弁当を用意していたと語っています。
思春期の娘さんからは、目立つお弁当箱を避けてほしいといった注文が入ることもありました。
俳優の子どもとして周囲から注目されることに戸惑う娘さんの気持ちを、できる限り尊重しようとしていたそうです。
母娘で意見がぶつかる時期もありましたが、娘さんの留学を通じて互いを思う時間が生まれ、現在は何でも話せる関係を築いていると語っています。
ニューヨークの娘と4人の孫
2025年の『美ST』では、娘さんが結婚してニューヨークで暮らし、二人の子どもを育てていると紹介されました。
風吹さんは娘さんと頻繁に連絡を取り合い、ニューヨークとの時差を意識するほど、日常的に交流しているそうです。
息子さんにも二人の子どもがおり、孫は合わせて4人。
2023年の『ESSE』では、孫の保育所や学童のお迎えを手伝うこともある一方、子どもたちの家庭にはそれぞれの生活があると考え、ほどよい距離感を大切にしていると話していました。
親として経験してきたことを大切にしながら、次の世代の暮らし方も尊重する。そうした柔軟な関係が印象的です。
また、孫たちからは一般的な祖母の呼び名よりも、本名の麗子に由来する「レイちゃん」や「マミータ」と呼ばれているそうです。
俳優としての活動を続けながら、母として、祖母として、家族との新しい関係を楽しんでいます。
両親との再会と別れから生まれた人生観
風吹さんは、長く離れていた父親と53年ぶりに再会した経験についても語っています。
再会後には、それまで知らなかった父親の人生や、離れて暮らしていた間の出来事について話を聞く機会が生まれました。
母親との関係にも複雑な思いを抱えていた時期がありましたが、2025年の『美ST』では、母親が亡くなった後に湯灌を手伝った経験を振り返っています。
母親の体に触れ、これまで歩んできた人生を思いながら見送ることで、長く心に残っていた気持ちにも変化が生まれたそうです。
家族との関係も、時間を重ねる中で新しい理解が生まれることがあります。
風吹さんが年齢を重ねることを前向きに受け入れる姿勢には、こうした人生経験も深く関わっているのでしょう。
女優仲間62人へと広がった料理教室
2026年9月の『人生最高レストラン』では、風吹さんが仲間を集めている料理教室も話題になりました。
きっかけは、料理家・小堀紀代美さんのチキン料理に魅了されたことです。
かつてレストランで食べた味が忘れられず、店が閉店した後も料理家本人を探し、料理教室へ通うようになったそうです。
その後、風吹さんの呼びかけによって料理教室の仲間が広がり、2026年の番組では参加メンバーが62人になったと紹介されました。
上戸彩さん、有村架純さん、奈緒さん、萬田久子さんなど、さまざまな俳優仲間も参加しているそうです。
毎回全員が集まるわけではなく、それぞれの予定に合わせて参加する形ですが、料理という共通の楽しみを通して新しい交流が生まれています。
一皿のチキン料理への感動から始まったことが、大勢の仲間とのつながりへ発展したのです。
好きなことを学びたいという気持ちが、人との出会いを広げていく。風吹さんの暮らしの面白さがよく表れたエピソードです。
70代になっても新しいことを学び続ける
風吹さんの暮らしに一貫しているのは、好奇心です。
2025年の『美ST』では、スマートフォンの新機種が発売されるたびに研究していると話しています。
新しい技術を自分で調べ、実際に使ってみることも楽しみの一つになっているそうです。
また、2025年には夏木マリさんとドラマ『照子と瑠衣』で共演。長年活躍してきた同世代の俳優との新しい仕事にも刺激を受けていました。
中国茶に興味を持てば産地を訪れ、山に魅了されれば登山に挑戦し、料理を知りたくなれば料理家を探して学びに行く。
これまでの経験を大切にしながら、新しい人や文化、技術にも興味を持つ。50年以上の俳優人生を歩んできた今も、風吹さんは自分の世界を広げ続けています。
豆知識⑧|海外ドラマ30話を3日間で鑑賞
2020年の外出自粛期間には、海外ドラマ3シーズン・全30話をわずか3日間で観たこともあったそうです。中国茶の産地を巡る旅や登山のような活動的な趣味だけでなく、自宅で作品の世界に没頭する時間も楽しむ。好きなことにはとことん夢中になる一面が伝わります。
まとめ|風吹ジュンの美容と健康を支える自然体の生き方
風吹ジュンさんの美容法や健康習慣をたどると、長く愛用してきたヘアケア、まつ毛の手入れ、香りを楽しむアロマ、野菜や豆を使った自炊、サプリメントとの付き合い方、ジャイロトニック、ウォーキング、中国茶、登山など、実に多彩な取り組みが見えてきます。
それぞれの習慣は、人生のさまざまな時期を通して育まれてきました。
40代には子育てと仕事に懸命に取り組み、50代には自分の体調や生活習慣を見直しました。60代からは登山という新しい世界に挑戦し、70代になっても料理や旅、人との出会いを楽しんでいます。
長年愛用しているものを大切にしながら、新しいものにも積極的に触れる。家族との関係を大切にしながら、自分自身の興味や学びにも時間を使う。
そんな柔軟な暮らし方が、風吹さんの自然体の美しさにつながっているのでしょう。
一杯の中国茶から始まった長い旅、一皿のチキン料理から広がった料理教室、同窓会での再会から挑戦した剱岳。何気ない興味が、思いがけない経験へとつながっていくところに、風吹ジュンさんの人生の面白さがあります。
年齢を重ねた今も、自分の好きなものを見つけ、学び、挑戦し続ける風吹ジュンさん。その姿には、これからの毎日を自分らしく楽しむためのヒントが詰まっています。
参考情報