日本映画界を代表する俳優として、長年にわたり第一線で活躍し続ける吉永小百合さん。1945年3月13日生まれで、2026年には81歳を迎えました。
清楚で上品な佇まい、柔らかな笑顔、すっと伸びた美しい姿勢。映画『キューポラのある街』『愛と死をみつめて』『母べえ』『こんにちは、母さん』など、数々の作品を通して多くの人を魅了してきました。
そんな吉永さんは、日頃どのような美容法や健康習慣を大切にしているのでしょうか。
本人のインタビューをたどると、化粧水を2〜3回重ねるシンプルなスキンケア、長年続けてきた水泳、専門家の指導を受けながら取り組む筋力トレーニング、映画撮影中の食生活など、具体的な習慣が見えてきます。
特に興味深いのは、年齢とともに運動への向き合い方を変えながら、自分らしい生活を楽しんでいること。若い頃はスキーや登山に夢中になり、水泳ではタイムを競い、近年は心地よく体を動かす時間を大切にしています。
一方で、夜更かしや朝寝坊が好きだったり、コンビニでおにぎりを食べたり、ラグビーや野球観戦に熱中したりと、親しみやすい素顔も魅力です。
今回は本人インタビューや公式資料をもとに、吉永小百合さんの美容法、スキンケア、愛用アイテム、水泳、筋トレ、食生活、睡眠、趣味、家族との日々、俳優人生まで詳しく紹介します。
1. 吉永小百合の美容法|化粧水を重ねるシンプルなスキンケア
洗顔後は化粧水を2〜3回、最後に少量の油分
吉永さんが美容で大切にしているのは、使用する化粧品を厳選し、一つひとつを丁寧に使うことです。
2023年の『美ST』インタビューでは、昔からシンプルなスキンケアが好きで、必要だと感じるアイテムを使ってきたと語っています。
映画の撮影や舞台挨拶など、仕事では長時間メイクをする機会も多い吉永さん。普段は肌の状態を見ながら、簡潔なお手入れを心がけているそうです。
本人が紹介した基本的な方法は、洗顔後に化粧水を2〜3回重ね、その後にほんの少し油分を加えるというもの。
オイルは手のひらに出して体温で温め、顔を優しく包むように押し当ててなじませます。
使用する化粧品の種類だけでなく、肌への触れ方まで丁寧に意識していることが、吉永さんらしい美容への向き合い方といえるでしょう。
約10分の水パックと月1回のエステ
日常のお手入れは簡潔ですが、肌の状態に合わせて少し時間をかけることもあります。
2023年の取材では、水を使ったパックを約10分行うことや、月に1回ほどエステに通う習慣を紹介していました。
水パックは肌のコンディションを見ながら取り入れていたお手入れで、その日の状態に合わせることを大切にしていたようです。
また、室内の乾燥にも気を配り、部屋の加湿を心がけていると話しています。
普段の洗顔や保湿から、過ごす場所の環境まで。美容に関する小さな習慣を自然に暮らしへ取り入れていることが分かります。
吉永小百合さんの豆知識①|初仕事のご褒美はアイスクリーム
小学生の頃、ラジオドラマ『赤胴鈴之助』に出演していた吉永さん。収録は夜遅くまで続きましたが、終わった後にもらえるアイスクリームが楽しみだったそうです。日本映画界を代表する俳優の原点には、子どもらしい小さな楽しみがありました。
2. 吉永小百合の愛用スキンケア|五島の椿と保湿へのこだわり
36年ぶりのスキンケアCMにつながった五島列島との出会い
吉永さんの美容習慣を語るうえで欠かせないのが、長崎県の五島列島との出会いです。
2011年頃、仕事仲間と島の歴史ある教会を訪ねた吉永さん。そこで出会ったのは、美しい自然と温かな人々、そして島のあちこちに咲く椿の花でした。
それまでは桜が好きだったという吉永さんですが、寒さの中でも凛と咲く椿の姿に魅了されたそうです。
一方、港では島を離れる若い人を家族が見送る光景にも出会いました。こうした経験から、椿を生かした産業づくりが島の人々の暮らしを支えることにつながれば、という思いを抱くようになります。
2020年2月には「五島の椿プロジェクト」のサポーターに就任。そして2023年には、36年ぶりとなるスキンケアブランドのCM出演が実現しました。
美容アイテムの紹介という仕事の背景に、五島列島の自然や地域の人々を応援したいという思いがあったことも、吉永さんならではのエピソードです。
椿酵母せっけん・椿の葉 保湿水・椿酵母オイル
「五島の椿」の公式インタビューでは、吉永さん自身がスキンケアアイテムを使用した感想を語っています。
椿酵母せっけんは、手で軽く泡立てたときの泡立ちや洗い上がりの感触、香りが気に入っているそうです。
長時間の撮影を終えて帰宅し、メイクを落とす時間は、一日の仕事を終えたことを実感するひとときにもなっています。
椿の葉 保湿水については、肌になじませたときの心地よさを紹介。椿酵母オイルは少量を使い、肌の状態に合わせて量を調整すると話しています。
また、普段のお手入れでは、ワセリンのようなアイテムを少量使うこともあるそうです。
2023年の『美ST』取材には、椿をイメージした赤いワンピースで登場。久しぶりに履いたという約10センチのヒールも印象的でした。
椿の花への思いを衣装にも込めていたことから、この仕事を大切にしている様子が伝わってきます。
ここで紹介した製品や使い方は、本人が取材当時に使用経験を語ったものです。現在の使用状況については、確認できる本人発言に基づいて捉えることが大切です。
吉永小百合さんの豆知識②|映画デビューのきっかけは児童合唱団
幼い頃に通っていた「ひばり児童合唱団」での縁が、映画『朝を呼ぶ口笛』のオーディションへとつながりました。ラジオドラマもオーディションで選ばれており、2024年のインタビューでは、いくつもの幸運が重なって芸能界に入ったと振り返っています。
3. 吉永小百合の水泳習慣|長年続ける運動と心のリラックス
泳ぎが苦手だった学生時代から、週2回・約2,000メートルへ
吉永さんを代表する健康習慣の一つが、水泳です。
学生時代は泳ぐことが得意ではなかったものの、大人になってから本格的に水泳を習い始めました。
2007年の取材では、約15年前から元オリンピック選手の女性コーチに泳ぎを習っていたと紹介されています。また、別のインタビューでは40代の頃から水泳に親しんできたことも語っています。
長年にわたって専門家の指導を受けながら、水泳を生活の一部として続けてきたことが分かります。
始めた頃はスクールに通い、タイムを競うこともあったそうです。
2007年には週2回、1回約2キロを泳ぐ習慣が紹介され、2021年の本人インタビューでも週2回、約2,000メートルという具体的な距離を語っています。
映画の撮影で忙しい日々を過ごしながら、自分のための運動時間を確保してきたことがうかがえます。
映画『母べえ』では冷たい海での水泳に挑戦
長年培ってきた水泳経験は、俳優としての仕事にも生かされました。
2008年公開の映画『母べえ』では、海で溺れた人物を助けに向かう場面の撮影が行われています。
2007年5月の報道によると、ロケ地は奄美大島。吉永さんはワンピース姿で冷たい海へ入りました。
顔を水面から上げたヘッドアップクロールで約20メートル泳ぎ、テストを含め複数回、海に入って撮影に挑んだそうです。
衣服を着たままの水泳は、普段のプールとは勝手が違います。それでも役柄に必要な場面へ真摯に向き合う姿には、長年にわたり体を動かしてきた吉永さんの経験と、俳優としての責任感が感じられます。
タイムを競う水泳から、心地よく泳ぐ時間へ
水泳への向き合い方は、年齢を重ねるにつれて変化しました。
2023年の『美ST』では、以前のようにタイムを意識するよりも、ゆったりと自分のペースで泳ぐことを楽しんでいると紹介しています。
2024年にも、水泳を自分がリラックスするための時間として捉えていると語りました。
2025年11月のラジオ出演でも、水泳は自分を癒やすための楽しみとして続けていると説明しています。
速さや距離を意識する時期を経て、泳ぐことそのものを楽しむようになった吉永さん。長く続けてきた運動だからこそ、その時々の自分に合った方法を見つけてきたのでしょう。
吉永小百合さんの豆知識③|北アルプスの山小屋での忘れられない夜
若い頃から登山にも親しんでいた吉永さん。北アルプスの高い山に挑んだ際、山小屋で大勢の登山客と一緒に眠り、ほかの人が脱いだ靴下が顔に当たったというユーモラスな思い出も語っています。大自然の中で過ごす素朴な時間を楽しむ一面が伝わってきます。
4. 吉永小百合の筋トレ|スクワット60回と姿勢への意識
『北の桜守』のそりを引く場面がきっかけ
吉永さんが本格的な筋力トレーニングを始めた背景には、映画の撮影がありました。
2018年公開の『北の桜守』で、重い荷物を載せたそりを雪の中で引く場面を演じた際、体力面の大変さを実感したそうです。
その経験から、今後も映画の仕事を続けるために体を鍛えようと考え、専門のコーチによる指導を受け始めました。
2017年の取材では、映画の役作りのためにバーベルを使った筋力トレーニングにも取り組んでいると語っています。
2021年以降のインタビューでも運動習慣について紹介しており、2023年にはコーチが考えたメニューを楽しみながら継続している様子が伝えられました。
ジムへ行く前日は、遠足を楽しみにする子どものような気分になることもあるそうです。
運動を義務として続けるより、できることが増える喜びを大切にしている様子が伝わってきます。
79歳当時はスクワット60回、20回ずつ3セット
2024年7月の三井不動産レジデンシャル公式インタビューでは、具体的なトレーニング内容も紹介されました。
吉永さんが当時取り組んでいたのは、スクワット60回。20回を1セットとし、休憩を挟みながら3セット行う方法でした。
吉永さんが特に意識していたのは、転倒しにくい体づくり。自分の年齢や体の状態を考え、脚の筋肉を大切にしたいと語っています。
同年のイベントでは、週1回のジム通いでスクワットに加えて腹筋運動にも取り組んでいると紹介しました。
2025年11月には、仕事のない日曜日は1時間少々の筋トレに取り組み、終了後にマッサージを受けて帰宅するという休日の過ごし方も明かしています。
トレーニングルームの窓から空や山が見えることも気に入っているそうです。
専門家の指導を受けながら、自分に合った方法で運動を続け、周囲の景色まで楽しむ。そんな自然体の姿勢も印象的です。
スクワットの回数は2024年当時の本人の取り組みとして紹介しています。運動の種類や回数は、体力や生活環境に合わせて選ぶことが大切です。
ストレッチと硬い椅子へのこだわり
映画の撮影中にも、吉永さんは体を動かす時間を大切にしています。
2023年には、夜に休む前のストレッチを習慣として紹介。時間に余裕があればスクワットや腹筋運動を追加することもあるそうです。
また、普段の座り方にも独特の好みがあります。
約40年前、映画の宣伝活動で柔らかな椅子に長時間座り続け、腰が痛くなった経験がありました。
それ以来、硬めの椅子を好むようになり、仕事の待ち時間にはすぐに動けるよう立って過ごすこともあるそうです。
映画の仕事に備えて体を整えるという意識が、日常の姿勢や小さな動作にも表れています。
吉永小百合さんの豆知識④|山田洋次監督にスキーを教えたことも
長年にわたり数々の映画でタッグを組んできた山田洋次監督は、吉永さんのスキーの腕前を高く評価しています。吉永さんが監督にスキーを教えたこともあり、撮影現場とは違った二人の交流がうかがえます。
5. 吉永小百合の食生活|朝食・撮影中の食事・好きな食品
クロワッサン、卵、サラダ、リンゴ、ヨーグルトの朝食
吉永さんの食生活については、本人が朝食の具体的なメニューを紹介したことがあります。
2017年のインタビューでは、クロワッサンを気に入っており、朝によく食べていると話していました。
クロワッサンにはハムやチーズ、卵を挟むこともあり、ほかにコーヒー、野菜サラダ、リンゴ、ヨーグルトなどを組み合わせていたそうです。
仕事に向かう前の朝食を大切にしていることが伝わってきます。
2023年の『徹子の部屋』では、夫の岡田太郎さんが毎朝食事を作ってくれると紹介しました。
岡田さんはスクランブルエッグなどの洋風の朝食を用意し、コーヒーもいれてくれていたそうです。
こうした夫婦の日常からは、忙しい映画の仕事を家庭で支えてくれる存在があったことも感じられます。
撮影中は朝夕をしっかり、昼食は自分に合う量に
映画の撮影期間中は、食事の時間や量を仕事の流れに合わせて工夫していました。
2017年のインタビューでは、昼食はおにぎりやサンドイッチを少しつまむ程度にし、朝食をしっかり食べると語っています。
2023年10月のイベントでも、朝食と夕食をしっかり食べ、昼食は少量のパンやおにぎり1個程度にすることがあると説明しました。
吉永さんの場合、昼間にたくさん食べると体の動きがゆっくりになると感じることがあり、撮影に集中できるよう食事量を調整していたそうです。
夕食ではタンパク質を含む食品や野菜を意識して食べることも大切にしていました。
また、2023年の『美ST』では、それまでの約3年間、ニンニク、らっきょう、タマネギ、ウナギなどを積極的に食べていたと紹介しています。
好きなものを楽しみながら、そのときの仕事や体調に合わせて食事を選ぶ姿勢がうかがえます。
こうした食生活は、吉永さん個人の体調や撮影環境に合わせた工夫として紹介されています。
吉永小百合さんの豆知識⑤|コンビニのイートインで雑穀おにぎり
2019年のテレビ番組では、コンビニにもよく行き、イートインを利用することがあると明かして共演者を驚かせました。お気に入りは枝豆やヒジキが入った雑穀おにぎり。小さなチーズケーキやコーヒーも楽しむそうです。親しみやすい日常が感じられるエピソードです。
6. 吉永小百合の睡眠・休息|夜更かし好きな意外な素顔
仕事のない日は夜遅くまで音楽を楽しむ
映画の撮影やイベントでは、いつも凛とした印象の吉永さんですが、私生活では夜の時間を楽しむことが好きだと語っています。
2023年の本人インタビューでは、夜更かしと朝寝坊が好きなタイプだと明かしました。
翌日に仕事がある場合は早めに休むよう調整しますが、自由な日は午前1時を過ぎるまで音楽を聴いて過ごすこともあるそうです。
朝も、目覚めてからベッドの上でゆったり過ごす時間を好むと話しています。
仕事の予定に合わせて生活を整えながら、自由な日は自分の好きな時間を楽しむ。吉永さんの休息には、そんな自然体の考え方が表れています。
体を動かすことと、新しい趣味への好奇心
吉永さんは2023年、サウナの人気について聞かれた際、自分は体を動かして汗をかくことが好きだと説明しています。
若い頃のスキーや登山、長年親しんできた水泳など、吉永さんにとって体を動かすことは生活の中の楽しみでもありました。
また、2024年の公式インタビューでは、母親が若い頃から詠んでいた短歌に興味を持っていることも明かしています。妹も短歌を始めたため、自分も歌を詠めるようになりたいと考えているそうです。
運動では太極拳のゆったりとした動きにも関心を寄せていました。
すでに親しんでいる趣味を楽しみながら、新しいことにも目を向ける。吉永さんの毎日には、年齢を重ねても好奇心を持ち続ける姿勢が感じられます。
吉永小百合さんの豆知識⑥|小学校時代の友人と今もランチ
2024年の公式インタビューでは、小学校の同級生との交流が続いており、年に1回ほどランチやお茶を楽しんでいると語っています。長い俳優人生を歩みながら、昔からの友人との時間も大切にしてきました。
7. 登山・スキー・スポーツ観戦|吉永小百合の活動的な趣味
20代には夜行バスでスキー場へ
吉永さんは若い頃から体を動かすことが好きで、仕事の合間にスキーや登山を楽しんできました。
20代の頃には、撮影の仕事が終わった後に夜行バスへ乗り、スキー場へ向かうこともあったそうです。
翌日には再び撮影へ戻るという、活動的な日々を過ごしていました。
忙しい俳優生活の合間にも、雪山や自然の中で過ごす時間を積極的に見つけていたことが分かります。
2019年のテレビ番組では、スキーで何度も転倒し、顔をけがした経験をユーモラスに振り返っています。
美しい雪山を滑る楽しさに夢中になっていた姿からは、スクリーンで見せる落ち着いた雰囲気とは違った、行動力のある一面が伝わってきます。
ラグビー好きとニュージーランドとの意外な接点
吉永さんはラグビー観戦も大好きです。
2023年10月のイベントでは、叔父がラグビーのレフェリーを務めており、ニュージーランド代表オールブラックスの来日試合でも審判を担当したことがあると語っています。
学生時代には、ラグビーの激しいぶつかり合いが理解しづらかったそうですが、大人になってからは、試合後に互いの健闘をたたえ合う精神に魅力を感じるようになりました。
タモリさんと一緒にラグビーを観戦した際には、吉永さんが大きな声で熱心に応援する姿にタモリさんが驚いたという話もあります。
家族を通じたオールブラックスとの接点は、ニュージーランドともつながる興味深いエピソードです。
西武ライオンズへの思いと電車での野球観戦
ラグビーだけでなく、野球にも強い関心を持っています。
吉永さんは埼玉西武ライオンズのファンとして知られ、2025年11月のラジオ番組でもチームへの思いを語りました。
特に、かつて西武で活躍した菊池雄星投手を応援していると話し、選手たちの動向にも関心を寄せていました。
以前は本拠地のベルーナドームまで電車で試合を見に行っていたという、意外な話も紹介しています。
映画で日本を代表する俳優として活躍しながら、好きなチームの試合を楽しむために電車で球場へ向かう。そんな気取らない姿にも、吉永さんの魅力が感じられます。
吉永小百合さんの豆知識⑦|普段は帽子と眼鏡にジーンズ姿
2019年のテレビ番組では、普段は帽子をかぶり、眼鏡をかけ、ジーンズを履いて出かけることが多いと明かしています。本人によれば、そんな装いなら街中でも目立たずに過ごせるそうです。映画の華やかな衣装とは違う、飾らない私服姿も魅力です。
8. 吉永小百合の人生観|夫との歩みと挑戦を続ける俳優人生
夫・岡田太郎さんと歩んだ結婚生活
吉永さんは1973年に、テレビディレクターやプロデューサーとして活躍した岡田太郎さんと結婚しました。
岡田さんはテレビ業界に身を置いていたこともあり、俳優の仕事の大変さを理解しながら、吉永さんの活動を支えてきました。
定年退職後は料理などの家事にも取り組み、吉永さんが出演した映画を映画館へ見に行って感想や助言を伝えることもあったそうです。
2023年には結婚50周年を迎え、二人でレストランへ出かけて乾杯し、これまでの思い出を振り返りました。
岡田さんは2024年9月、94歳で亡くなりました。
2025年12月の『徹子の部屋』では、吉永さんが夫の看病と映画撮影を両立していた当時の思いを振り返り、長年支えてくれた夫への感謝を語っています。
映画の仕事を続けることを支えてくれた家族の存在は、吉永さんの人生を語るうえで欠かせないものです。
幼少期から積み重ねてきた俳優人生
吉永さんの俳優人生は、小学生時代のラジオドラマ出演から始まりました。
1959年には映画『朝を呼ぶ口笛』で映画デビュー。中学卒業後に日活へ入り、1960年代には数多くの映画に出演しています。
若い頃には年間16本もの映画へ出演した時期があり、忙しい撮影生活の中で控室に仮眠を取りながら仕事を続けていたことも振り返っています。
また、本人のインタビューでは、父親の事業がうまくいかず、家庭が経済的に大変だった幼少期についても語っています。
こうした経験を経て、1962年の映画『キューポラのある街』で高い評価を得ました。
その後も『細雪』『北の零年』『母べえ』『北のカナリアたち』『こんにちは、母さん』など、さまざまな役柄に挑戦してきました。
映画出演のほか、1986年からは原爆詩の朗読にも取り組んでいます。東日本大震災後には、被災地の子どもたちが書いた詩を読み、声を通して伝える活動も続けてきました。
俳優として作品に向き合うことと、さまざまな人々の思いを言葉にして届けること。その両方を大切にしてきた歩みが見えてきます。
80歳を迎える頃に人生初のピアスへ挑戦
2025年公開の映画『てっぺんの向こうにあなたがいる』では、女性として世界で初めてエベレスト登頂を成し遂げた登山家・田部井淳子さんをモデルとする人物を演じました。
吉永さんは2012年、自身のラジオ番組で田部井さんと対談したことがあり、その明るく前向きな人柄に深く惹かれたそうです。
映画への出演を決めた際には、田部井さんの姿へ少しでも近づきたいと考え、人生初のピアスの穴を開けました。
さらに、田部井さんの家族から譲り受けた形見のピアスを撮影で身につけています。
ピアスを開けた後は約1カ月間、水泳を控えるよう伝えられ、長年プールに通ってきた吉永さんにとっては、それも大きな出来事でした。
それでも新しい役に向き合うために挑戦を選んだところに、俳優としての真摯な思いが感じられます。
2025年11月には、名優・笠智衆さんのように、背中の姿だけでも人物の気持ちが伝わる俳優になりたいという目標も語っていました。
数多くの代表作を持ちながら、さらに表現を磨こうとする姿勢が印象的です。
2024年の公式インタビューでは、過去を振り返ることにとらわれるより、今を大切に生きることへの思いも明かしています。
長い俳優人生を歩みながら、新しい役や表現に向き合い続ける姿は、その考え方を体現しているようです。
吉永小百合さんの豆知識⑧|田部井淳子さんから聞いたピアスの思い出
田部井さんは52歳でニューヨークシティマラソンを完走した記念に、五番街のお店でピアスの穴を開けたそうです。その話を聞いた吉永さんも、70歳頃にはピアスを開けたいと考えていました。約10年後の新しい挑戦には、田部井さんとの出会いから続く思いが込められていました。
まとめ|美容と健康を楽しみながら、自分らしく年齢を重ねる
吉永小百合さんの美容法と健康習慣をたどると、自分に合った方法を見つけ、楽しみながら長く続けてきたことが分かります。
スキンケアでは、化粧水と少量の油分を中心にシンプルで丁寧なお手入れを大切にしてきました。
水泳ではタイムを競う時期を経て、自分のペースで泳ぐ楽しさを見つけ、筋力トレーニングでは専門家の指導を受けながら自分の体と向き合っています。
食生活では撮影の予定や体調に合わせて工夫し、休みの日には音楽やスポーツ観戦、友人との交流など、好きなことを楽しむ時間を大切にしています。
さらに、80歳を迎える頃にも新しい役のためにピアスを開け、俳優として新しい目標を持ち続ける姿は、多くの人に新鮮な驚きを与えてくれます。
吉永さんの魅力は、特定の美容習慣だけで語れるものではありません。日々の暮らしを丁寧に楽しみ、周囲の人々とのつながりを大切にしながら、新しいことへ挑戦する姿勢にも表れているのでしょう。