40代に入ってから主演作が相次ぎ、俳優としてますます存在感を増している松本若菜さん。
1984年2月25日生まれ、鳥取県米子市出身。三姉妹の末っ子として育ちました。
15歳の頃、地元・米子市でスカウトを受けましたが、その時は芸能界へ進まず、高校卒業後は地元で就職。調理師免許も取得しています。
その後、「自分の可能性を新しい世界で試してみたい」という思いが強まり、20代前半で上京。演技のレッスンへ通いながら、美容部員や新宿のうなぎ店などで働き、生活を支えました。
そして2007年、初めて受けたオーディションで『仮面ライダー電王』の野上愛理役に合格。主人公・野上良太郎の姉を演じ、俳優デビューを果たします。
2009年には映画『腐女子彼女。』で映画初主演。2017年の『愚行録』ではヨコハマ映画祭助演女優賞を受賞し、その後『ミステリと言う勿れ』『やんごとなき一族』『復讐の未亡人』『西園寺さんは家事をしない』『わたしの宝物』『Dr.アシュラ』『ザ・ロイヤルファミリー』など、数多くの話題作へ出演してきました。
2025年にはエランドール賞新人賞なども受賞。2026年にも出演作が続き、40代に入ってからさらに活躍の幅を広げています。
デビュー後も長くアルバイトを続け、名前のない役を演じる時期も経験した松本さん。現在の主演女優という立場まで、一歩ずつ俳優としての経験を積み重ねてきた“遅咲き”のキャリアも大きな魅力です。
美容では、自身の肌を敏感肌・インナードライと捉え、保湿やUVケアを意識しながら、目元には少し上質なアイクリームを取り入れることも。
健康面では、ピラティス、ストレッチ、湯船、深呼吸、プロテイン、酵母ドリンクなどを、その日の体調や仕事の予定に合わせて取り入れています。
朝にはブロッコリーを食べ、撮影現場へお出汁を持参することもあれば、好きなラーメンやジャンクフードを楽しむ日もある。自宅では具だくさんの味噌汁を作ることも多く、食生活にも「楽しみながら整える」という考え方が表れています。
愛猫と過ごし、刺しゅうや編み物へ夢中になり、パジャマへ着替えて眠る。作品を終えた後には友人との食事や買い物、何も考えずに過ごす時間も楽しんでいます。
ここでは、松本若菜さんの美容法・健康習慣を、スキンケア、アイクリーム、UVケア、ピラティス、食生活、プロテイン、睡眠、家族、結婚観、長い下積み時代、そして40代現在の生き方まで詳しく見ていきます。
松本若菜の美容法|保湿・アイクリーム・UVケアと美容部員時代からの美意識
松本若菜さんの美容には、その日の肌や体の状態を見ながら、今の自分にふさわしいケアを選ぶ姿勢があります。
撮影時間や生活リズムに合わせ、その時の自分が心地よく続けられる方法を取り入れています。
敏感肌・インナードライ|普段は続けやすく、目元には少し贅沢なアイクリーム
松本さんは自身の肌について、敏感肌でインナードライだと話しています。
普段のスキンケアは価格面でも長く続けやすいものを選びながら、目元のケアには少し上質なアイクリームを取り入れているそうです。
特に丁寧に向き合いたい部分を見極め、ケアにもメリハリをつけています。
保湿では口元周辺も意識しています。
チャームポイントでもあるエクボにはベースメイクがたまりやすいため、メイク直しの際には指で軽く整えることもあるそうです。
💡普段は続けやすく、目元には少し贅沢なアイクリーム
スキンケア全体は無理なく続けられるものを選び、目元には少しこだわる。松本さんらしいメリハリのある美容習慣です。
💡チャームポイントの“エクボ”も美容のヒントに
エクボへベースメイクがたまった時には指で軽く整え、口元周辺の保湿も丁寧に。自分の顔立ちを理解したケアを続けています。
日焼け止めは“塗る・保湿する・落とす”まで
UVケアについて、松本さんは10年前の自分へ伝えたいこととして、日焼け止めをこまめに塗り直すことや、日差しを浴びた後に保湿することを挙げています。
さらに40歳頃には、体へ塗った日焼け止めの落とし方にも意識を向けるようになりました。
顔の日焼け止めはメイクと一緒にクレンジングで落とし、体の日焼け止めにも顔用のクレンジングを使う方法を取り入れています。
朝に塗り、必要に応じて塗り直し、日差しを浴びた後は保湿し、一日の終わりに丁寧に落とす。
松本さんはUVケアを、一日の流れの中で考えています。
💡10年前の自分に伝えたいのは“日焼け止めの塗り直し”
塗ることに加え、日差しを浴びた後の保湿や夜に落とすところまで意識。年齢と経験を重ねた現在だからこその美容習慣です。
美容好きの姉・美容部員時代から、40代の“今の自分”を生かす美容へ
松本さんの美容の原点には、家族と仕事の両方があります。
メイクへ興味を持つきっかけのひとつになったのが、3歳上の美容好きのお姉さんです。
眉を少し変えるだけでも顔全体の印象が大きく変わることに驚き、メイクの面白さを感じたそうです。
俳優になる前には美容部員として働いた経験もあります。
その頃に使っていた赤いダッカールは、その後も約20年使い続けている愛用品。
現在もトリートメント後などに髪をまとめ、濡れた髪が首や背中へ触れにくいようにする時に活用しています。
40代になった現在は、自分の顔立ちや特徴を理解し、それを生かすメイクを楽しむようになりました。
眉は顔の印象を左右するパーツとして丁寧に仕上げ、アイメイクでは自身の目のバランスに合わせて目尻へポイントを置くことも。
ファンデーションブラシなど、新しく知ったメイク方法も楽しみながら取り入れています。
長年使い慣れたものへの愛着と、新しい美容を楽しむ好奇心。その両方を持っているのが現在の松本さんです。
💡美容部員時代から約20年使うヘアクリップ
美容部員として働いていた頃から使い続けている赤いダッカールは今も現役。物への愛着が伝わるエピソードです。
ピラティス・ストレッチ・湯船・深呼吸|“体が資本”から始まった健康習慣
松本若菜さんが体との向き合い方を改めて考えるきっかけになったのが、ヘルニアを経験したことでした。
ヘルニアの手術を経験し、ピラティスを3〜4年継続
数年前にヘルニアを発症し、手術を受けた松本さん。
当時は杖を使うほど体を動かすことが大変な時期もあったと振り返っています。
手術後は体の状態を見ながら運動を再開し、その後ピラティスを始めました。
呼吸を使いながら体幹や筋肉へ意識を向けるピラティスが、自分に合っていると感じたそうです。
2024年頃には約5日おきに通っていた時期があり、2025年には理想は週2回、忙しい時期には月2〜3回程度になることもあると話していました。
さらに2026年には、撮影に入っていない期間なら週1〜2回ほど通うこともあると語っています。
ピラティスはすでに3〜4年ほど続いており、仕事の状況に合わせながら長く付き合う運動になっています。
本人は、続ける中で体幹への意識が変わり、アクションで片足のハイキックをする場面などでも自分なりの変化を感じるようになったと話しています。
💡ピラティス歴は3〜4年、撮影期間外は週1〜2回ほど
仕事中と撮影期間外でペースを変えながら継続。生活のリズムへ自然に取り入れています。
撮影中は“ながらストレッチ”、夜は湯船で切り替える
忙しい撮影現場でも、できる範囲で体を動かしています。
待ち時間には体を伸ばし、イスを使ったストレッチを取り入れることもあります。
本人によると、気づくとリンパまわりへ手を添えていることもあるほど、日常の中で自然に体へ意識を向けています。
また、ふと気づいた時に大きく深呼吸するのも習慣のひとつです。
撮影の合間にもできる小さな動きを重ねながら、体の感覚を確認しています。
そして一日の終わりに欠かせない時間のひとつが入浴です。
2025年には、夜は湯船へ入り、短い日でも5分ほどつかるようにしていると話しています。
時間に余裕のある休日には、できれば1時間ほどゆっくり入りたいというほどのお風呂好きです。
過去の美容誌では、一日の緊張から家へ戻った自分へ「帰ってきた」と伝えるような感覚で、湯船へ入る時間を楽しんでいるとも語っています。
忙しい日は短く、余裕のある日はゆったりと。その日の生活リズムに合わせながら、入浴を気持ちの切り替え時間にしています。
💡忙しい日は5分、休日には1時間ほど湯船へ
入浴時間もその日のスケジュールに合わせて調整。お風呂そのものを大切な切り替え時間として楽しんでいます。
食生活・プロテイン・酵母|ブロッコリー・味噌汁・ラーメンも楽しむバランス
松本若菜さんの食生活は、体へ目を向けながら、食べる楽しみもしっかり残しているのが特徴です。
朝はブロッコリー、自宅では具だくさん味噌汁
過去の美容インタビューでは、朝の定番としてゆでたブロッコリーを紹介しています。
オリーブオイルと塩で和え、時には塩昆布やトマトを加えることもあるそうです。
さらに2026年には、自宅でよく作る料理として具だくさんの味噌汁も挙げています。
味噌汁が好きで、その時家にある食材をいろいろ入れて作ることがあるそうです。
調理師免許を持ち、若い頃には飲食店でメニューまで考えていた松本さん。現在も自炊は生活の中に自然に根付いています。
💡朝はブロッコリー、自宅では具だくさん味噌汁
日常の中で作りやすい料理を楽しみながら、自分の生活に合う食事を続けています。
撮影現場のお出汁・アーモンド、そして大好きなラーメン
撮影では、予定通りの時間に食事を取れるとは限りません。
そんな時、松本さんが現場へ持参していたのが“お出汁”です。
地元・山陰でもなじみ深い焼きあごとかつお節でじっくり取る日もあれば、忙しい時には出汁パックを活用することも。
余った出汁はおひたしなど別の料理にも使います。
撮影中に小腹が空いた時には、アーモンドをつまむこともあるそうです。
一方、ラーメンやジャンクフードも大好き。
2026年にも「食べることは極力我慢しない」という考えを語っています。
昼にしっかり食べた日は夜を軽めにしたり、塩気のあるものを多く食べた後には野菜を意識したりと、一日や数回の食事全体を見ながらバランスを整えています。
2026年に2〜3日の休みが取れて鳥取へ帰った時には、地元のソウルフードでもある牛骨ラーメンを味わいました。
久しぶりに食べた故郷の味に懐かしさが込み上げ、思わず泣きそうになったそうです。
そんな自分を振り返り、「いい年の取り方をした」と感じたというエピソードからも、40代になった現在の故郷との距離感が伝わります。
💡撮影現場には“お出汁”を持参
焼きあごとかつお節で取った出汁を持っていくことも。忙しい時には出汁パックも使いながら、撮影スケジュールに合う方法を取り入れています。
💡鳥取の牛骨ラーメンで泣きそうに
久しぶりに食べた地元の味に懐かしさが込み上げた松本さん。40代になって故郷の味へ心が動く自分を「いい年の取り方」と感じたそうです。
タンパク質を補いたい日はプロテイン、先輩から受け継いだ酵母も
2025年には、その日の食事を振り返り、タンパク質をもう少し取りたいと感じた時にプロテインを飲むこともあると話しています。
食事内容に合わせて補助的に取り入れるスタイルです。
もうひとつ続けているのが、事務所の先輩から分けてもらった酵母。
リンゴジュースを使って育てるものを大切に飲んでいるそうです。
朝のブロッコリー、具だくさん味噌汁、撮影現場のお出汁、アーモンド、好きなラーメン、必要に応じたプロテイン、酵母。
食事の内容や仕事の流れを見ながら、その時に合うものを組み合わせています。
💡プロテインも“必要だと感じた日”に
その日の食事を見ながら、タンパク質を補いたい時に取り入れる。食生活全体を見ながら選んでいます。
睡眠・愛猫・手芸|“自分を甘やかす”心のセルフケア
2025年の美容インタビューで、松本若菜さんは「自分を甘やかせるのは自分だけ」という印象的な考えを語っています。
自分自身の状態へ目を向け、その時に欲しい休息や楽しい時間を自分へ与える。
忙しくなった現在だからこそ、その感覚が日々の暮らしに根づいています。
パジャマが眠るスイッチ|理想の睡眠時間は8時間
以前はTシャツやスウェットで寝ることが多かった松本さんですが、40歳頃からパジャマを着て眠るようになりました。
パジャマへ着替えることで、「これから眠る」という気持ちへ自然に切り替えやすくなったと感じているそうです。
さらに2026年には、睡眠そのものがとても好きで、理想は8時間ほど眠ることだと話しています。
撮影時間が毎日違う仕事だからこそ、十分に休める日は睡眠時間を楽しむ。
寝る前には部屋を暗くし、耳で物語を楽しむ時間を持つこともあります。
一日の終わりの“ご褒美時間”として物語の世界へ入り、静かな時間を楽しんでいるそうです。
💡理想の睡眠時間は8時間
「睡眠が一番好き」と話すほど、休む時間も大切にしている松本さん。パジャマへ着替えることも、眠る時間への小さな切り替えになっています。
愛猫“もずく”と手芸|素の自分へ戻れる時間
松本さんにとって大きな癒やしになっているのが、愛猫と過ごす時間です。
愛猫の前では自然に力が抜け、自分でも「一番いい顔」をしていると感じると語っています。
そして約10年前、初めて作った刺しゅう作品も愛猫“もずく”がモチーフでした。
友人には材料選びを手伝ってもらい、作り方は自分で調べながら挑戦。
夢中になると高い集中力を発揮し、寝る間も惜しむほど没頭して約1週間で完成させたそうです。
現在は刺しゅうに加えて編み物も楽しんでいます。
愛猫と過ごすことも、手を動かして作品を作ることも、俳優という仕事から離れて素の自分へ戻れる時間になっています。
💡最初の刺しゅう作品は愛猫“もずく”
独学で挑戦し、約1週間で完成。好きなことには時間を忘れて没頭する一面も、松本さんの魅力です。
作品が終わった後に作る“ご褒美タイム”
松本さんは、作品へ入っている期間はかなり集中するタイプです。
撮影期間中に2〜3日の休みができても、作品への意識を持ったまま過ごすことが多いそうです。
本人は、作品に入ると頭の中がずっと動き続けているような感覚になると表現しています。
一つの作品が終わった後には、友人と食事へ行く、買い物をする、何も考えずに過ごすといった時間を自分への“ご褒美”として楽しんでいます。
集中する期間と、自分を解放する時間。
その両方を持つことが、現在の松本さんらしい仕事との付き合い方です。
鳥取・三姉妹・家族・結婚観|うなぎ屋の看板娘から俳優・松本若菜へ
松本若菜さんの人物像を知るうえで、鳥取での家族との暮らしと、長い下積み時代は欠かせません。
鳥取県米子市で三姉妹の末っ子として育った松本さん。
子どもの頃はやんちゃで元気いっぱいだったと振り返っています。
15歳でスカウト、一度地元で働いてから自分の意思で東京へ
芸能界との最初の接点は15歳の頃でした。
米子市内でスカウトを受けましたが、その時は地元での生活を選び、高校卒業後は就職しました。
調理師免許も取得し、社会人として働き始めます。
やがて、自分の可能性を新しい世界で試したいという気持ちが強まり、以前スカウトされた芸能事務所へ自分から連絡。
一度見送った道へ、自分自身の意思で改めて挑戦しました。
うなぎのタレの匂いで『仮面ライダー電王』の初オーディションへ
上京後は演技のレッスンへ通いながら、複数の仕事で生活を支えました。
特に知られているのが、新宿のうなぎ店で働いていた時代です。
周辺では“かわいい店員さん”として知られ、後に“うなぎ屋の看板娘”として紹介されるようになりました。
『仮面ライダー電王』のオーディションの日も、うなぎ店での仕事を終えてから会場へ直行。
きれいに準備した参加者が並ぶ中、自分だけうなぎのタレの匂いがしていたと、後に笑いながら振り返っています。
その初オーディションで野上愛理役をつかみ、俳優人生がスタートしました。
💡初オーディションは“うなぎのタレの匂い”と一緒
アルバイトからそのまま『仮面ライダー電王』の会場へ。現在の主演女優につながる俳優人生は、かなり印象的な形で始まりました。
三姉妹の末っ子|姉から美容を学び、家族が俳優人生の土台に
『仮面ライダー電王』では主人公の姉を演じましたが、私生活では三姉妹の末っ子です。
姉たちから愛情を受けて育った経験が、姉役を演じる時の感覚にもつながっていると話しています。
美容好きの姉からは、メイクへの興味も受け継ぎました。
2022年の『情熱大陸』では、姉2人と一緒に両親の古希を祝う夕食会を計画。
芸能界入りについて慎重だった父親から、これまで知らなかった娘への思いを聞く場面もありました。
長く東京で仕事を続ける現在も、鳥取の家族とのつながりが松本さんの土台になっています。
故郷の牛骨ラーメンを久しぶりに食べて胸がいっぱいになったという2026年のエピソードも、鳥取が現在も大切な場所であることを感じさせます。
💡“姉役”の印象が強いけれど、実生活では末っ子
三姉妹の末っ子として姉たちから愛情を受けて育った経験が、役を理解する時にも生かされています。
2025年の結婚観|年齢を区切らず、ご縁を自然に大切に
結婚については、2025年8月の日本ジュエリーベストドレッサー賞で本人が現在の考えを語っています。
左手薬指に指輪をつける予定を聞かれ、その時点で具体的な予定はないと回答。
一方で、運命的な出会いがあればという前向きな気持ちも語っています。
40代という年齢に期限を設けることなく、自分に合うタイミングやご縁を大切にしていることが伝わります。
過去には、将来結婚や出産など人生の変化があったとしても、俳優という仕事は続けていきたいという思いも語っていました。
人生の選択についても、自分自身のペースを信頼しています。
40代の現在|“遅咲き”の主演女優が大切にする、自分を解放する生き方
松本若菜さんのキャリアは、一つひとつの経験を長く積み重ねながら現在へつながっています。
40代に入って主演作が相次ぎ、2025年にはエランドール賞新人賞なども受賞。デビューから約20年を経て、俳優として新しい充実期を迎えています。
デビュー後も続いた長い下積み|台本と“明日のランチメニュー”を考えた日々
『仮面ライダー電王』で印象的な役をつかんだ後も、俳優の仕事だけで生活できるようになるまでには長い時間がありました。
名前のない役を演じながら、うなぎ店を含む飲食店でアルバイトを続けました。
仕事に慣れるにつれ、アルバイト先では日替わりメニューや小皿料理まで考えるほど頼られる存在になったこともあります。
俳優として台本について考えながら、同時に翌日の店のランチメニューも考える。
華やかな主演女優となった現在から振り返ると、この時代の粘り強さも松本さんのキャリアを形作った大切な時間です。
💡台本と一緒に“明日のランチメニュー”も考えていた
俳優と飲食店の仕事を両立していた頃には、店の料理まで考案。現在の主演女優になるまでには長い積み重ねがありました。
『電王』で20〜30回NG|初めて役を深く考えた原点
デビュー作『仮面ライダー電王』には、現在の松本さんにつながる重要な経験もありました。
撮影後半の重い場面で、どう演じればよいのか分からなくなり、20〜30回ほどNGを出したことがあったそうです。
その時、監督から一年間演じてきた野上愛理という人物を、自分自身でもっと考えるよう伝えられました。
そこから役を深く考え、お芝居へ向き合う感覚を知ったと振り返っています。
初めての作品で経験した壁が、その後の俳優人生の原点のひとつになりました。
主演作が続く40代|“自分を甘やかせるのは自分だけ”
長い下積みを経験した松本さんは、40代に入ってから主演や重要な役が続くようになりました。
忙しさが増した現在に根づいているのが、「自分を甘やかせるのは自分だけ」という考え方です。
美容では、その日の肌に必要なものを選ぶ。
食事では好きなラーメンも楽しみ、その後の食事でバランスを整える。
運動では、撮影がない時にピラティスへ行き、仕事の合間にはストレッチや深呼吸を取り入れる。
一日の終わりには湯船へ入り、パジャマへ着替え、十分に休める日には8時間ほどの睡眠を楽しむ。
愛猫と過ごし、刺しゅうや編み物へ集中する。
作品が終われば友人と食事をし、買い物をし、何も考えない時間も自分へプレゼントする。
鳥取で一度は芸能界への道を見送り、自分自身の意思で改めて東京へ向かった松本若菜さん。
美容部員、うなぎ店でのアルバイト、『仮面ライダー電王』でのデビュー、長い下積み、ヘルニアの手術、ピラティスとの出会い、そして40代で続く主演作。
その美容法・健康習慣から見えてくるのは、今の自分をよく観察し、その時にふさわしいものを丁寧に選び取る姿勢です。
食べることも、眠ることも、体を動かすことも、好きなことへ夢中になることも、自分自身をいたわる時間として楽しむ。
長い積み重ねの先で主演女優となった現在も、そのしなやかさと日々を楽しむ感覚が、松本若菜さんらしい40代の魅力につながっています。
参考情報