黒柳徹子の美容法・健康習慣|スキンケア・造顔マッサージ・スクワット・食生活・睡眠

黒柳徹子の美容法・健康習慣|スキンケア・造顔マッサージ・スクワット・食生活・睡眠

OBARASOTARO

鮮やかな衣装に、ふんわりと高く結い上げた玉ねぎヘア。ゲストの話に目を輝かせ、思いがけない質問で相手の魅力を引き出す黒柳徹子さん。その姿は、日本のテレビ文化を半世紀以上にわたって彩ってきました。

1933年8月9日生まれの黒柳さんは、2026年に93歳を迎えました。代表番組『徹子の部屋』は同年2月に放送開始50周年を迎え、秋には舞台『ハロルドとモード』で7度目のモード役を務めました。テレビ、舞台、執筆、社会活動と幅広い分野で活躍し、現在も多くの人との出会いや会話を楽しんでいます。

そんな黒柳さんの美容法や健康習慣を詳しく調べると、長年大切にしてきた具体的な日課が見えてきます。30歳頃から親しんできたスキンケア、約20年間続けている顔のマッサージ、ジャイアント馬場さんの助言で始めたスクワット、50代から意識を変えた睡眠と食生活。そして、好きな音楽を歌いながらの入浴や、水中で体を浮かべる時間もあります。

興味深いのは、それぞれの習慣が仕事や人との出会いから生まれていることです。美容家から教わったマッサージのためにクリームを80個まとめ買いした話もあれば、親しかった森光子さんと野菜カレーを楽しんだ思い出もあります。

この記事では、本人インタビューや公式情報をもとに、黒柳徹子さんのスキンケア、愛用してきた化粧品、ヘアスタイル、運動、食生活、睡眠、入浴、家族、結婚観、交友関係まで詳しく紹介します。美容・健康の習慣と、その背景にある豊かな人生を一緒にたどっていきましょう。

1.黒柳徹子さんとは?『徹子の部屋』『窓ぎわのトットちゃん』と長い芸能人生

黒柳徹子さんは1933年、東京・乃木坂に生まれました。父親はヴァイオリニストの黒柳守綱さん、母親は後にエッセイストとしても活動した黒柳朝さんです。家庭には音楽や芸術が身近にあり、幼い頃からさまざまな表現に親しみながら育ちました。

小学校時代に通ったトモエ学園では、子どもの個性を大切にする小林宗作校長と出会います。興味を持ったことに夢中になる黒柳さんの性格を、校長先生は温かく受け止めてくれました。その経験は、後に世界的なベストセラーとなる『窓ぎわのトットちゃん』の原点になっています。

香蘭女学校を経て東京音楽大学声楽科で学んだ後、NHK放送劇団に入団。NHK専属テレビ女優第1号として、テレビ放送が始まったばかりの時代から活躍しました。

代表的な番組には『徹子の部屋』『ザ・ベストテン』『世界ふしぎ発見!』などがあり、『NHK紅白歌合戦』の司会も務めています。1976年に始まった『徹子の部屋』では、俳優、歌手、スポーツ選手、文化人など数多くのゲストと対話を重ね、日本を代表する長寿トーク番組を築いてきました。

1981年に刊行された著書『窓ぎわのトットちゃん』は、20以上の言語に翻訳され、世界各地の読者に親しまれています。2023年12月14日には、「最も多く発行された単一著者による自叙伝」としてギネス世界記録に認定されました。講談社の発表によると、認定対象となった全世界の累計発行部数は、2023年9月末時点で2,511万3,862部に達しています。

同年には42年ぶりの続編となる『続 窓ぎわのトットちゃん』も出版され、アニメ映画も公開されました。子どもの頃の記憶を大切に綴った一冊が、何十年もの年月を経て新しい世代へと受け継がれています。

さらに1984年にはユニセフ親善大使に就任し、世界各地の子どもたちの生活や教育にも目を向けてきました。社会福祉法人トット基金を通じ、ろう者の俳優の養成や演劇活動の支援にも長年取り組んでいます。

こうした幅広い活動を続けてきた黒柳さんですが、若い頃には仕事への向き合い方を見つめ直す経験もありました。

2024年の『VOCE』では、20代後半に過労で入院したことを振り返っています。その際、医師から、自分が本当にやりたいと思う仕事を選ぶよう助言されました。

黒柳さんはその言葉を胸に、文学座で演技を学び、NHKから独立し、38歳頃にはニューヨークへの留学を決意します。すでにテレビで人気を集めていた時期にも、新たに演技を学ぼうとしたところに、強い探究心が感じられます。

若い頃は仕事に夢中になり、帰宅後も原稿や手紙の返事を書いて、明け方まで起きていることがありました。その後、50歳頃からは食事や睡眠を大切にするようになったと語っています。

2026年1月のテレビ朝日『モーニングショー』では、『徹子の部屋』を1日に3本収録することもあると明かしました。長年続けてきた仕事に向き合うため、自分なりの生活習慣を大切にしていることが伝わります。

豆知識①|テレビに映った娘を、母親が「キツネのお面」と勘違い

テレビ放送が始まったばかりの頃、黒柳さんが番組に出演した姿を喫茶店のテレビで見た母親は、娘がキツネのお面をかぶっていると思ったそうです。当時の映像では、顔が白く、髪や目元が黒く映ったためでした。黒柳さんは2013年のインタビューで、テレビ草創期ならではのこの思い出を楽しそうに語っています。

2.黒柳徹子さんの美容法|スキンケア・保湿と約20年続ける造顔マッサージ

30歳頃から大切にしてきたメイク落としとクリームのお手入れ

黒柳さんの美容法を知るうえで欠かせないのが、毎日のメイク落としと保湿です。

2022年の『WWDJAPAN』のインタビューで、黒柳さんは30歳頃から資生堂の化粧品を使い続けてきたと語っています。

若い頃はほとんど化粧をしていなかったものの、テレビ出演が増えるにつれてメイクをする機会が多くなり、自分なりのお手入れを身につけていきました。

最初に化粧水へ興味を持ったきっかけは、母親が使い終わった化粧水の瓶を譲ってくれたことだったそうです。

また、テレビ局で一緒になった藤原あきさんから、化粧品の価格以上にメイクを丁寧に落とすことが大切だと教わった経験も語っています。

2022年に本人が説明した夜のお手入れは、メイク落としで拭き取った後にマッサージクリームを使い、化粧水、乳液、クリームで肌を整えるというものでした。この取材では、水を使った洗顔を行わないという当時の方法も紹介しています。

一方、2025年の『VOCE』では、朝に顔を洗ってから造顔マッサージをするという日課を語っています。取材時期や朝晩の手順によって説明が異なるため、それぞれ当時の本人発言として捉えるのが適切でしょう。

テレビや舞台では華やかなメイクを楽しみ、自宅では長く親しんできた化粧品を使いながら、丁寧なお手入れを続ける。その姿勢には、黒柳さんならではの美容観が表れています。

ニューヨークに留学した際にも、現地の百貨店で使い慣れた化粧品を購入していたと振り返っています。海外で新しい文化に触れながら、スキンケアでは自分になじんだものを大切にしてきました。

2018年の『Numero TOKYO』では、エステには一度も行ったことがないと語る一方、夜にはメイクを落とし、クリームを塗り、ときには顔のマッサージを行うと説明しています。

華やかな仕事の一日を終えた後、自分で肌を整える時間を長く大切にしてきたことが分かります。

田中宥久子さんとの出会いから始まった造顔マッサージ

黒柳さんの美容習慣で特に興味深いのが、美容家の田中宥久子さんから教わった造顔マッサージです。

2025年5月の『VOCE』で、黒柳さんはこのマッサージを約20年間続けていると明かしました。

田中さんと初めて会ったとき、黒柳さんが驚いたのは、その美しい顎のラインでした。横顔から首筋にかけての姿が印象的で、どうしてそのような美しさを保っているのか尋ねたそうです。

田中さんは、40歳の頃に実年齢より年上に見られた経験から美容を研究し、独自のマッサージ方法を考案したと説明しました。

興味を持った黒柳さんは、実際に顔の半分だけ施術してもらいました。鏡を見たとき、本人には左右の印象が大きく違って感じられ、その体験が自宅でもマッサージを始めるきっかけになったそうです。

2025年の本人インタビューでは、朝起きて顔を洗った後と、夜のお風呂上がりの1日2回、それぞれ約3分間行っていると説明しています。

最初の頃は自己流にならないよう、少なくとも週に1回はDVDを見直していたそうです。また、田中さんが存命だった頃には、月に1回ほど直接施術を受け、自分の手順を確認してもらっていました。

教わった方法を繰り返し確認しながら続けるところには、一度興味を持ったことに真剣に取り組む黒柳さんの性格が感じられます。

2022年には自身のYouTubeチャンネル『徹子の気まぐれTV』で、若いスタッフにマッサージの方法を教える様子も紹介しました。自分が学んで大切にしてきたことを、次の世代にも楽しそうに伝える姿が印象的です。

マッサージに関するエピソードのなかでも、特に黒柳さんらしいのが、愛用のクリームを80個まとめ買いした話です。

黒柳さんは、田中さんから購入していたマッサージクリームが製造中止になると聞いた際、どうしても使い続けたいと希望しました。その結果、大きな容器でまとめて購入することになり、2025年のインタビューでは、約12年前に80個を購入したと語っています。

本人は、マッサージの際に指を滑らかに動かすため、クリームを十分に使うことを大切にしていました。

お気に入りの方法を長く続けるために、そこまで準備したという話からは、黒柳さんのこだわりと行動力が伝わってきます。田中さんが亡くなった後も、その教えを日常のなかで大切にしてきたことが分かるエピソードです。

なお、黒柳さんのマッサージやスキンケアは、本人が長年続けてきた個人的な美容習慣です。肌質や使用する化粧品は人によって異なり、本人が感じた肌の印象も個人的な体験として紹介しています。

豆知識②|子どもの頃、銀座で父親と食べたアイスクリーム

黒柳さんは2022年のインタビューで、幼い頃に父親と銀座へ出かけ、資生堂パーラーでアイスクリームを食べた思い出を語っています。その後は玩具店でおもちゃを買ってもらい、映画館でミッキーマウスやポパイの映画を観るのが年に一度の楽しみだったそうです。大人になっても甘いものが好きな黒柳さんにとって、アイスクリームには家族との温かな記憶も重なっています。

3.玉ねぎヘアとファッション|ニューヨーク留学で育んだ独自の美意識

黒柳さんといえば、ふんわりと高く結い上げた玉ねぎヘアが有名です。

この独特の髪型には、1971年頃にニューヨークで演劇を学んだ経験が関係しています。

38歳頃の黒柳さんは、すでに日本のテレビ界で活躍していましたが、演技をさらに学びたいという思いから海外へ渡りました。現地では演劇を学び、さまざまな俳優や芸術家たちと交流しました。

留学中、黒柳さんは日本から持参した着物を着ることが多かったそうです。母親が用意してくれた着物は海外の人々の目を引き、パーティーや芸術家との交流のきっかけにもなりました。

その着物に似合う髪型として気に入ったのが、髪を高くまとめるスタイルでした。帰国後も続けるようになり、現在まで親しまれる玉ねぎヘアへとつながりました。

テレビでは顔だけでなく、横顔や後ろ姿も映されます。どこから見ても黒柳さんだと分かるシルエットは、長年の活動を通じて多くの人に親しまれるようになりました。

黒柳さんは、衣装やアクセサリーを長く大切にすることでも知られています。

2024年の『VOCE』では、アメリカ旅行中に購入したグリーンのドレスを紹介しました。もともとは若い女の子が着るような古着だったのではないかと振り返っていますが、一目見たときに素敵だと思い、購入したそうです。

長年集めた洋服や着物は、現在の自分に合うよう、スタイリストがリメイクしてくれることもあります。

2026年1月のテレビ朝日『モーニングショー』では、『徹子の部屋』の楽屋に置かれた大量のアクセサリーも紹介されました。

黒柳さんは、それらが何十年もの間に少しずつ集まったものであることや、収録直前に衣装に合わせて選ぶこともあると説明しています。

番組の衣装については、以前と同じものを着ないようにしているとも語りました。過去の放送映像が使われる機会もあるため、衣装が重ならないよう気を配っているそうです。

また、『徹子の部屋』では、見ている人に楽しんでもらえるよう、華やかな装いを意識していると説明しています。デザイナーによる一点ものの衣装から、身近なファッションブランドの洋服まで、幅広いものを楽しんできました。

外見だけでなく、生き方にも美しさが表れる

黒柳さんは2024年の『VOCE』で、大人の美しさについて自身の考えを語っています。

その際に紹介したのが、女優の沢村貞子さんとの思い出でした。

沢村さんは、同窓会で久しぶりに会った人たちのなかでも、仕事や暮らしに前向きに取り組んできた人たちが魅力的だったと話したそうです。

黒柳さんはその言葉から、年齢を重ねた人の美しさには、知性や考え方、日々の生き方も表れるのだと感じたと振り返っています。

華やかな衣装やメイクを楽しみながら、人との会話や新しい知識にも関心を持ち続ける。その姿勢は、黒柳さん自身の美意識とも重なります。

豆知識③|玉ねぎヘアの中から飴が登場!

黒柳さんは、玉ねぎヘアの中に飴を忍ばせ、子どもやゲストにプレゼントすることがあります。華やかな髪型が小さなサプライズの場所にもなっているという、黒柳さんならではの遊び心あふれるエピソードです。

4.健康習慣|スクワット50回・自宅体操・水中ヨガと将来への目標

ジャイアント馬場さんの助言から始まったスクワット

黒柳さんの健康習慣として、特に知られているのがスクワットです。

この運動を始めるきっかけをつくったのは、プロレスラーのジャイアント馬場さんでした。

長く舞台に立ち続けたいと考える黒柳さんに、馬場さんがスクワットを勧めたことから、日々の暮らしに取り入れるようになりました。

2018年のインタビューでは、毎日50回ほど行っていると語っています。2021年の五木寛之さんとの対談でも、就寝前のスクワットについて説明しました。

2026年4月28日には『徹子の部屋』に出演した高畑淳子さんから健康について尋ねられ、寝る前に50回ほど軽いスクワットをしていると明かしました。

高畑さんが、寝る前に運動すると目が覚めてしまうのではないかと驚くと、黒柳さんはその後も眠れると答えています。

さらに2026年10月14日には、ギタリストの村治佳織さんとの会話でも、夜に50回ほどスクワットを続けていることを明かしました。

黒柳さんは、深くしゃがみ込むような激しい動きではなく、軽めに行っていると説明しています。自分の体に合わせた方法を長年続けてきたことが特徴です。

2021年の『家庭画報』では、週2回、体操の先生に自宅へ来てもらい、一緒に運動しているとも語りました。一人で長時間運動することは簡単ではないため、先生と一緒に取り組んでいたそうです。

また、98歳頃までは自分の足で歩いて外出できるようでいたいという目標も明かしています。

黒柳さんにとって体を動かすことは、好きな場所へ行き、人と会い、仕事を楽しむための生活の一部なのでしょう。

水中ヨガと、自分のペースで楽しむ運動

黒柳さんは、過去にウォーキングや貴乃花親方から教わった四股にも挑戦したことがあります。

2026年9月の『徹子の部屋』では、水中ヨガについても紹介しました。

プールがある場所では水に入り、体の力を抜いて水面に浮かぶことを楽しんでいるそうです。タイ・バンコクのホテルのプールで、ゆったりと浮いている映像も披露しました。

スクワットや自宅での体操のように体を動かす習慣と、水中で静かに浮かぶ時間。黒柳さんの暮らしには、活動的な時間とゆっくり過ごす時間の両方があります。

2018年のインタビューでは、100歳になったら政治記者になってみたいというユーモラスな夢も語っていました。そのためにも、取材現場で周囲に押されても倒れないよう、体を丈夫にしておきたいと話しています。

新しいことを経験したいという気持ちが、運動を続ける動機にもつながっていることがうかがえます。

豆知識④|93歳でも肩こりを経験したことがないと語る

2026年8月、阿川佐和子さんとの『徹子の部屋』で、黒柳さんはこれまで肩こりを経験したことがないと明かしました。阿川さんは以前にも同じ話を聞いて驚いたそうで、今回も黒柳さんの答えに感心していました。これは黒柳さん自身の体験として興味深いエピソードです。

5.食生活|朝食の取り方から焼き肉・野菜・甘いものまで楽しむ暮らし

自分の生活リズムに合わせた食事と好物

黒柳さんの食生活を詳しく調べると、食べることそのものを楽しんでいる様子が伝わってきます。

新しい学校のリーダーズが『徹子の部屋』に出演した際には、朝食について質問され、起きる時間が遅い日は朝食と昼食が一緒になると説明しました。

昼食にはパンやご飯を食べ、午後のお茶の時間にはお菓子を楽しみ、夕食には肉や野菜などを取り入れるという話もしています。

自分の生活時間に合わせて、食事を楽しんでいることが分かります。

2026年9月には井川遥さんと食生活について話し、焼き肉やピザなど、さまざまな料理が好きだと明かしました。同年8月には阿川佐和子さんとの会話で、牛肉も変わらず食べていると説明しています。

若い頃から食欲旺盛だったことでも知られ、過去には小さな餃子を50個食べた話や、どら焼きを何個も食べた思い出を披露しました。

一方、2025年の『婦人公論』では、以前ほど大量に食べないよう意識していると語っています。旅先でも、かつては珍しい料理を何でも試していましたが、近年は食べ物の選び方に気を配るようになったそうです。

好きなものを楽しみながら、年代や経験に合わせて食べ方を変えているところが印象的です。

2018年のインタビューでは、肉、野菜、豆腐、納豆などを食べ、栄養のあるものをきちんと取るようにしていると語りました。

魚料理については、以前に骨が喉に引っかかって耳鼻咽喉科に通った経験から、慎重に食べるようになったとも説明しています。

長い人生のなかで、自分の経験をもとに食べ物の選び方を変えてきたことが分かります。

甘いものも大好きで、2019年の『VOGUE JAPAN』ではアイスクリームを楽しみにしていることを明かしました。

2025年の『婦人公論』では、明け方に一度目が覚めた際、白湯を飲んだり、甘いものを少し食べたりして、再び眠ることがあると話しています。時にはぜんざいを食べることもあるそうです。

同じインタビューでは、お酒を飲まないという習慣も明かしています。

黒柳さんの食生活には、好物を楽しむ気持ちと、自分の生活に合わせて食事を選ぶ姿勢の両方があります。

森光子さんと帝国ホテルで楽しんだ野菜カレー

黒柳さんにとって食事は、大切な人と交流する時間でもありました。

長年親しかった森光子さんとは、帝国ホテルで野菜カレーを食べたり、舞台の楽屋でお茶やお菓子を楽しんだりした思い出があります。

2024年の『VOCE』では、森さんが若い人たちにも気前よく食事をごちそうしていたことや、黒柳さん自身も何度もごちそうになったことを振り返っています。

森さんは、黒柳さんがNHKから独立しようとした際に所属事務所を紹介してくれた、大切な先輩でもありました。ニューヨーク留学中には、困っていたらお金を送るという温かな手紙も届いたそうです。

森さんが体調を崩してからも二人はFAXで連絡を取り合い、再び一緒に野菜カレーを食べたいという思いが綴られた手紙も残されています。

一緒に食べた料理や何気ない会話が、長い年月を経ても心に残っている。黒柳さんの食生活をたどると、人とのつながりを大切にする姿も見えてきます。

豆知識⑤|森光子さんと一緒に見たパンダの思い出

上野動物園に初めてパンダがやって来た頃、黒柳さんはそのかわいらしさに夢中になっていました。森光子さんも興味を示したため、二人でパンダのカンカンを見に行ったそうです。何年経っても思い出して笑い合える、二人の友情を象徴する出来事になりました。

6.睡眠・入浴・休息|『徹子の部屋』を続けるために変えた生活習慣

番組50周年を目指して、眠る時間を見直した

黒柳さんの睡眠習慣を知るうえで、特に興味深いのが2013年のインタビューでの発言です。

当時『徹子の部屋』は放送38年目を迎えており、黒柳さんはスタッフと、番組を50年続けたいという目標について話していたそうです。

その頃、帰宅後も原稿や手紙の返事を書き、明け方まで起きていることがありました。しかし、番組が50周年を迎える頃には90歳を超えていることを考え、早く眠ることを大切にしたいと語っています。

長く続けたい仕事があるからこそ、生活習慣を見直した。その背景には、仕事への強い思いがありました。

2021年の『家庭画報』では、夜11時頃に布団へ入り、明け方に一度目を覚ましてから再び眠るという生活を紹介しました。2025年の『婦人公論』でも、合計10時間ほど眠ることがあると語っています。

一方、2026年1月の『モーニングショー』では7〜9時間ほど、同年4月には7時間程度の睡眠を確保するよう意識していると説明しました。

発言した時期によって睡眠時間には違いがありますが、しっかり眠って翌日の仕事に向かうという考え方は共通しています。

2026年1月のテレビ朝日公式インタビューでは、ゲストの話を素早く聞き取り、理解するためにも睡眠を大切にしていると話しました。

『徹子の部屋』では、相手の話を聞き、その場で質問を重ねながら会話を進めます。黒柳さんにとって睡眠は、日々の仕事と深く結びついた生活習慣なのです。

寝る前に考え事をせず、好きな音楽を楽しむ

2025年の『婦人公論』では、眠る前に余計な考え事をしないようにしているとも語っています。

気になることや心配なことがあっても、夜になったらいったん考えるのをやめ、翌朝になってから向き合うようにしているそうです。

朝になると、前の晩に何を考えようとしていたのか忘れてしまうこともあると、ユーモアを交えて話しています。

多くの人と接し、長年仕事を続けてきた黒柳さんにとって、気持ちを切り替えることも大切な習慣なのでしょう。

入浴についても、2026年9月に本人らしい工夫を明かしました。もともと湯船に長くつかることが得意ではなかったため、最近は好きな音楽を聴いたり、一緒に歌ったりしながら過ごしているそうです。

お気に入りの一つが、ハンバート ハンバートの楽曲です。歌を楽しんでいるうちに、自然と5分ほど過ぎることもあると説明しています。

声楽を学び、長年音楽家たちと交流してきた黒柳さんにとって、音楽は仕事だけでなく、日常を楽しむ方法の一つでもあります。

また、美術品やアンティークを集めることも長年の趣味です。2025年には軽井沢に黒柳徹子ミュージアムが開館し、大切にしてきたコレクションの一部が紹介されるようになりました。

仕事で多くの人と会う時間と、自分の好きな音楽や美しいものに親しむ時間。その両方が、黒柳さんの暮らしを豊かに彩っています。

豆知識⑥|楽屋には「不思議の国のアリス」のようなうさぎも

2026年1月のテレビ朝日『モーニングショー』では、黒柳さんの楽屋に置かれたうさぎの飾りも紹介されました。サングラスやマスクを掛けたりできるお気に入りの品で、黒柳さんは『不思議の国のアリス』に登場するうさぎのようだと話しています。楽屋にもかわいらしいものを置いて楽しむ、黒柳さんの遊び心が伝わります。

7.家族・結婚観・交友関係|40年の恋愛と芸能界の温かな友情

音楽家の父と作家の母、芸術に親しむ黒柳家

黒柳さんの父・黒柳守綱さんはヴァイオリニストで、NHK交響楽団の前身にあたる楽団でコンサートマスターを務めました。

母・黒柳朝さんは音楽を学び、後にエッセイストとしても活躍しました。その半生をもとにした『チョッちゃん』は、NHK連続テレビ小説にもなっています。

黒柳さんの弟・黒柳紀明さんもヴァイオリニストとして活動し、妹の黒柳眞理さんも芸術に関わる道を歩みました。

家族のなかで音楽や芸術が自然に語られる環境は、黒柳さんの感性を育む大切な背景となりました。

母親の朝さんは、好奇心旺盛な娘の個性を大切にしてきた人物としても知られています。その姿は『窓ぎわのトットちゃん』にも描かれています。

結婚歴と約40年続いたフランス人ピアニストとの恋愛

黒柳さんは、これまで結婚していないことを本人のテレビ出演でも明らかにしています。

長い人生のなかでは結婚を考えたこともあり、若い頃にはお見合いも経験しました。

2026年8月の『徹子の部屋』では、結婚の話が進んだ際、母親がコートを3枚も作ってくれたという思い出を、阿川佐和子さんに披露しています。

一方、30代後半に出会ったフランス人ピアニストとの恋愛は、約40年にわたって続きました。

2023年11月10日放送の『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』では、相手が来日公演で日本を訪れた際に知り合い、その音楽の才能や優しさに惹かれたと振り返っています。

二人はそれぞれの仕事で忙しく、会えるのは年に1、2回ほど。普段はFAXで連絡を取り合い、会話をするときは英語を使っていたそうです。黒柳さんが海外公演の会場へ会いに行くこともありました。

日本で一緒に過ごした際には、六本木を手をつないで歩いた思い出も語っています。

結婚の話が出たこともありましたが、一緒に暮らすには、どちらかが仕事を辞める必要がありました。黒柳さんは日本での仕事を大切にし、相手も音楽家としての活動を続けたため、遠距離での関係を続ける道を選びました。

その男性は2012年に亡くなりました。黒柳さんは後に、二人で旅行をしてみたかったという思いも語っています。

結婚という形だけでは語れない、仕事と恋愛の両方を大切にしてきた人生が伝わってきます。

森光子さん、野際陽子さん、小澤家との長い交流

長い芸能生活のなかで、黒柳さんは多くの友人との交流を大切にしてきました。

森光子さんとは若い頃から仕事を通じて親しくなり、食事や舞台を通じて長い友情を育みました。森さんは、黒柳さんが仕事を続けるうえで相談できる先輩でもありました。

また、女優の野際陽子さんとはNHK時代から親しく、仕事や日常の出来事について率直に話し合える関係でした。

2023年の『VOCE』では、野際さんがユーモアに富んだ女性だったことや、昔から知っている友人だからこそ分かり合える思い出について、黒柳さんが温かく語っています。

さらに、黒柳さんは世界的な指揮者の小澤征爾さん一家とも家族ぐるみの親交がありました。

小澤さんの息子で俳優の小澤征悦さんを、子どもの頃から「ユキちゃん」と呼び、親しくしてきました。小澤征悦さんが俳優になると決めた際には相談を受け、後見人として活動を見守ったこともあります。

2017年のドラマ『トットちゃん!』には、小澤征悦さんも出演しました。黒柳さん自身の家族の歴史を描く作品に、長年交流してきた人物が出演するというのも、長い芸能生活ならではの縁です。

こうした交流を振り返ると、黒柳さんの人生には、仕事を通じて出会い、長く信頼関係を築いてきた人たちが数多くいることが分かります。

豆知識⑦|野際陽子さんと週に一度フランス語を勉強

黒柳さんは若い頃、恩師の飯沢匡さんから外国語の勉強を勧められ、NHKにいた野際陽子さんや仲間たちとフランス語を習っていました。NHKの国際局にいたフランス人の先生から、週に1回ほど教わっていたそうです。仕事だけでなく、一緒に学ぶ時間も共有していたことが、長年の友情を感じさせます。

8.93歳の現在も人生を楽しむ|黒柳徹子さんの美容・健康習慣から見えること

2026年、黒柳さんは93歳を迎え、『徹子の部屋』は放送開始50周年という節目を迎えました。

2025年の『婦人公論』では、長年続けてきた番組について、休みにしたいと思ったことが一度もないと語っています。

番組では数多くのゲストと会い、その人ならではの人生や考え方に耳を傾けてきました。黒柳さんにとって『徹子の部屋』は、仕事であると同時に、人との新しい出会いを楽しむ場所でもあるのでしょう。

そして、テレビと並んで黒柳さんが大切にしているのが舞台です。

2026年の『ハロルドとモード』では、7度目のモード役を務めました。

黒柳さんがこの作品と出会ったのは1977年。来日公演を見て以来、いつか自分もモードを演じたいと考え続け、2020年にその願いを実現しました。

2026年の公演では岩﨑大昇さんらと共演し、世代の異なる俳優たちと舞台をつくり上げています。

モードは、自由な発想を持ち、人生を楽しむことを忘れない79歳の女性です。人生経験も価値観も異なる19歳の青年ハロルドと出会い、その心を少しずつ変えていく物語には、命や生きることへの温かなまなざしが描かれています。

黒柳さんにとって、この作品は40年以上も思い続けてきた特別な舞台です。一つの役を繰り返し演じながら、毎年異なる共演者と新しい表現をつくることに喜びを感じていると語っています。

93歳になっても舞台に立ち、新しい世代の俳優たちと一緒に作品をつくる。その姿には、長年の経験を大切にしながら、新鮮な出会いを楽しむ黒柳さんの魅力が表れています。

また、舞台だけでなく、『徹子の部屋』でも、若い歌手や俳優、スポーツ選手、文化人など、さまざまな世代のゲストと会話を重ねています。新しい音楽やファッションに興味を持ち、知らなかったことを率直に尋ねる姿も、長年親しまれてきた理由の一つでしょう。

黒柳さんが大切にしてきた美容法や健康習慣には、そんな毎日を自分らしく楽しみたいという思いが感じられます。

豆知識⑧|母・黒柳朝さんは70歳を過ぎて作家として活躍

黒柳さんの母・朝さんは、70歳を過ぎてから自身の半生を執筆し、その作品が多くの読者に親しまれました。後にNHK連続テレビ小説『チョッちゃん』の題材にもなっています。母と娘、それぞれが長い人生のなかで新たな表現に取り組んできたことも、黒柳家ならではの魅力です。

黒柳徹子さんの美容法や健康習慣をたどると、その背景には、人との出会い、仕事への情熱、そして日々の暮らしを楽しむ姿勢があります。

長年大切にしてきたスキンケア、70歳を過ぎてから取り入れた美容習慣、舞台を続けるための運動、仕事に向き合うための睡眠。そうした一つひとつの習慣は、黒柳さんの人生のなかで育まれてきました。

年齢に合わせて暮らしを整えながら、好きなものを大切にし、人との会話を楽しみ、新しいことに心を動かされる。その姿からは、美容や健康を考えるうえでも、自分らしい楽しみを持つことの豊かさが伝わってきます。

93歳の現在も、多くの人と出会い、舞台で新しい表現に挑み続ける黒柳徹子さん。これからも、その豊かな経験と好奇心から、どんな興味深い話が生まれてくるのか楽しみです。

参考情報

  1. 黒柳徹子公式サイト|プロフィール・活動歴
  2. WWDJAPAN|黒柳徹子と資生堂、続く美しさの原点(PR)
  3. VOCE|黒柳徹子が語る田中宥久子さんの造顔マッサージ
  4. 講談社|『窓ぎわのトットちゃん』書籍情報・ギネス世界記録
  5. 婦人公論|『徹子の部屋』50年目と睡眠・食生活への思い
  6. VOCE|黒柳徹子が語る森光子さんとの思い出
  7. 舞台『ハロルドとモード』2026年公演公式サイト

※本記事は公開情報や本人インタビューをもとに構成しています。紹介する習慣は取材当時の内容を含みます。

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