50代になっても現役時代以上のトレーニングに挑戦し、毎日の身体の変化を丁寧に確かめる。一方、家庭ではエプロンを着けて料理に夢中になり、40日間続けてオムライスを作ったこともある。そんな意外な日常を送っているのが、元プロ野球選手のイチローさんです。
イチローさんこと鈴木一朗さんは、1973年10月22日生まれ、愛知県出身。愛知工業大学名電高校からオリックス・ブルーウェーブに入団し、1994年には当時の日本プロ野球記録となるシーズン210安打を達成しました。2001年、シアトル・マリナーズでメジャーリーグに挑戦すると、初年度から新人王とアメリカン・リーグMVPを同時受賞。2004年のシーズン262安打、メジャー通算3089安打、10年連続200安打など、数々の記録を打ち立てました。
日本代表として2006年と2009年のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)連覇にも貢献。2009年の決勝で放った勝ち越し打は、今も多くの野球ファンの記憶に残っています。2019年に現役を引退し、2025年にはアジア出身選手として初めてアメリカ野球殿堂入りを果たしました。2026年10月には53歳を迎え、マリナーズの会長付特別補佐兼インストラクターとして選手の指導にも携わっています。
イチローさんの美容・健康習慣には、身体をしなやかに動かすためのトレーニング、細かな体重管理、食生活、睡眠、休息、精神面への考え方など、長年の経験から培われた独自の工夫があります。
さらに、1999年に結婚した妻・弓子さんとの家庭生活や、愛犬たちとの時間、50代で始めた料理、武豊さんをはじめとする著名人との交流にも、イチローさんならではの魅力が詰まっています。
今回は、本人インタビューや公式資料をもとに、少年時代から現在までの身体づくりと暮らしの変化を詳しく紹介します。世界的な野球選手としてのストイックな姿と、家庭で新しいことに夢中になる親しみやすい姿。その両方を知ることで、イチローさんの人物像がより鮮やかに見えてくるでしょう。
1.イチローの原点と、自分に合う身体を探し続けた野球人生
少年時代の練習から世界の舞台へ
イチローさんの身体づくりを理解するには、少年時代までさかのぼる必要があります。
愛知県で育ったイチローさんは、幼い頃から野球に熱中し、父親と練習を重ねながらプロ野球選手を目指していました。学校が終わってからも野球に多くの時間を使い、自分の技術を高めることに夢中になっていたことで知られています。
高校を経てプロ入りし、1994年に登録名を「イチロー」に変更した年に大きく飛躍しました。独特の打撃フォームと俊敏な守備・走塁は、身体の大きさとは違う技術の魅力を多くの人に知らせました。
日本では7年連続首位打者に輝き、その後、アメリカでもメジャーリーグ初年度から素晴らしい成績を残しました。
メジャーリーグのレギュラーシーズンは162試合。長距離の移動や連日の試合をこなしながら、高い水準のプレーを続けることが求められます。
そこでイチローさんが大切にしてきたのは、その日の身体がどのように動くのかを知り、翌日も同じようにプレーできる準備を重ねることでした。
2017年のMLB公式インタビューでは、人にはそれぞれ生まれ持った身体の特徴があり、自分にとって適切なバランスを理解することの大切さを語っています。
周囲の選手と同じ体格を目指すことより、自分の身体の特徴を理解し、その持ち味を生かす。その考え方に至るまでには、若い頃の意外な経験がありました。
筋肉を大きくして、スイングが変わった経験
2025年11月、新潟県の中越高校を訪れたイチローさんは、高校生たちに20代半ばまでの筋力トレーニングについて話しました。
当時は筋肉をつけて身体を大きくしようと努力していたものの、身体が大きくなるにつれて、スイングの状態が落ちたと感じたそうです。
筋肉が増えたという目に見える変化と、野球で求める動きとの間に、本人が望んでいたような一致が生まれなかったのです。
この経験から、身体の自然な動きと自分自身の感覚を大切にする方向へ考え方を深めていきました。
高校生たちに自分の失敗を率直に伝える姿も印象的です。世界的な記録を残した選手であっても、試行錯誤を繰り返しながら技術を磨いてきました。
若い頃の経験は、その後何十年も続く身体づくりの大切な土台になりました。
【イチローの豆知識①】恩師・仰木彬監督への変わらない敬意
2023年の本人インタビューで、尊敬する人物として真っ先に名前を挙げたのが、オリックス時代の恩師・仰木彬監督でした。長い年月が過ぎても、若い頃に自分を導いてくれた人物への思いが残っていることが伝わります。
2.初動負荷トレーニングと、柔軟性・身体の動きへのこだわり
肩甲骨と股関節から考える身体づくり
イチローさんは1999年頃から、鳥取県のワールドウィングを率いる小山裕史さんが提唱した初動負荷トレーニングに取り組んできました。
専用の機器を使いながら、動き始めや筋肉・関節の連動に意識を向ける方法です。
特に肩甲骨や股関節周辺の動きを重視し、野球に必要な全身のつながりを丁寧に確かめてきました。
バットを振る際には、腕の動きと下半身、体幹の動きが連動します。守備や走塁でも、身体の複数の部位を協調させることが求められます。
イチローさんが長年追究してきたのは、そうした動きを自分の身体で自然に再現できることでした。
2025年の中越高校での指導では、専用の機器が使えない環境では、自分の体重を利用しながら肩甲骨や股関節周辺を動かすこともあると説明しています。
同じ道具を使うこと以上に、何のために身体を動かすのかを理解していることが感じられます。
その日の打撃練習では、52歳のイチローさんが63スイングを披露し、9本の打球をフェンスの向こうへ運びました。
高校生たちの前で、言葉だけでなく実際の動きによって伝える。その姿には、長年磨いてきた技術と身体への探究心が表れています。
2015年の取材では、フォームローラーを使いながらインタビューに応じ、若い頃より身体の柔軟性が高まったと感じていることも紹介されました。
20代では筋肉を大きくする方法を試し、40代では柔軟性の変化を感じ、50代ではさらに身体の可能性を探っています。
このように年代を追って見ると、イチローさんの身体づくりが、長い年月をかけて進化してきたことが分かります。
武豊さんとの対談に表れた、身体のバランスへの考え方
2024年、日本中央競馬会(JRA)の企画で、イチローさんは騎手の武豊さんと特別対談を行いました。
二人はオリックス時代から交流のある間柄です。野球と競馬という競技の違いがありながら、長年第一線で活躍してきた二人には、身体の扱い方や感覚への深い関心がありました。
対談では、イチローさんが自分の持つ身体のバランスや感覚を生かすためにトレーニングしていることを説明しました。
一方の武豊さんは、その日の身体の状態や感覚を大切にしながら取り組む考え方を紹介しています。
二人の方法には違いがありましたが、自分自身の身体を理解することを大切にしている点では共通するものがありました。
さらにイチローさんは、自分にできることの範囲を探りながら挑戦する考え方も披露しています。
無理と無茶の境目を意識し、自分の身体の反応を確かめながら少しずつ可能性を探る。その姿勢には、若い頃のトレーニング経験から学んできたことが反映されています。
なお、こうした方法は長年の競技経験を持つ本人独自のものです。一般の人が運動を行う場合には、それぞれの体力や身体の状態に合わせて取り組むことが大切です。
【イチローの豆知識②】武豊さんとのジャパンカップでの再会
2024年のジャパンカップでは、武豊さんがドウデュースで優勝した後、プレゼンターを務めたイチローさんと抱擁する場面がありました。長年にわたり別々の競技で活躍してきた二人が、競馬場で喜びを分かち合う印象的な瞬間でした。
3.50代の朝の習慣と、現役時代を超える新たな挑戦
イチローさんの朝は、身体を動かすことから始まります。
武豊さんとの対談では、起床後に歯を磨き、顔を洗い、そのままトレーニングへ向かうという日常が紹介されました。
武豊さんが驚いたのは、毎朝身体を動かすことが、イチローさんにとって自然な習慣になっていることでした。
特別な決意を毎朝新しくするというより、生活の流れの中にトレーニングが根づいているのです。
現役時代には、試合で結果を出すために身体を整えてきました。しかし引退後は、自分自身の可能性を探ることも、新たな目標になりました。
2025年の本人取材では、現役時代よりもトレーニングの量や強度を上げていると説明しています。
選手時代は翌日の試合に出場する必要があり、故障への配慮が欠かせませんでした。引退後は試合日程の制約が変わり、自分の身体がどこまで対応できるかを探る機会が増えたそうです。
2024年のテレビ密着では、自宅に多数の専用トレーニング機器が設置されていることも紹介されました。
球場でも、現役選手の練習を支えながら自ら身体を動かしています。打撃練習の球拾いも、グラウンドを移動し続ける大切な運動の機会として捉えているのです。
本人は、身体の状態を察知する感覚を「センサー」にたとえています。
いつもと違う張りや動きやすさ、負荷への反応を感じ取りながら、その日の身体と向き合う。こうした感覚への関心は、現役時代の記録への挑戦から、50代の新しい身体づくりへと受け継がれています。
身体の可能性を次の世代にも伝えていく
引退後もトレーニングを続ける背景には、若い世代への指導という新しい役割があります。
高校生や女子高校野球の選手たちの前に立つとき、自分自身で身体を動かして見せられることが、イチローさんならではの伝え方になります。
打撃や走塁の技術も、言葉と実際の動作を組み合わせることで、若い選手に伝わるものがあります。
2025年には51歳以上を対象としたスポーツイベントにも参加しました。
長く運動から離れていた同世代にも、再び身体を動かすきっかけを届けたいという趣旨の企画です。
イチローさんの活動は、現役選手の指導から、幅広い年代の人と運動の楽しさを共有する機会へと広がっています。
【イチローの豆知識③】62歳の自分にも期待
2025年のイベントで10年後の理想について尋ねられたイチローさんは、62歳になっても周囲が思わず年齢を調べたくなるような存在でいたいと、ユーモアを交えて語りました。50代から先の時間にも新しい目標を描いているところが印象的です。
4.毎日3回の体重測定と、試合前後に積み重ねた身体管理
体重を数字で確かめる理由
イチローさんの健康管理で、特に具体的なのが体重測定です。
2020年11月、日本新聞協会の新聞大会での質問への回答で、1日に3回体重を測る習慣を紹介しました。
朝の歯磨きのタイミングや、日中の決まった機会など、体重計に乗ることが日常に組み込まれていたそうです。
本人にとって体重は、見た目のための数字というより、その日の身体の状態を把握するための分かりやすい指標でした。
現役時代は、長いシーズンを通して体重を維持することに苦労したと語っています。
練習や試合で身体を動かす時間が長く、本人にとって体重が落ちやすい環境でした。
一方、引退後には生活環境と運動の条件が変わり、体重との向き合い方にも変化が生まれています。
イチローさんは同じ数字だけを追い続けるのではなく、日々の身体の変化を知るために測定してきたことが分かります。
1日3回という頻度はプロアスリートとしての本人固有の習慣です。自分に適した身体管理の方法は、生活環境や運動量によって異なります。
試合のある一日が、翌日の準備につながっていた
2017年、マイアミ・マーリンズに所属していた頃のMLB公式取材では、ナイターがある日の生活が詳しく紹介されました。
当時は午前11時頃に起床して自宅で身体を動かし、昼食後にもトレーニング。午後3時頃には球場へ入り、専用マシンと打撃ケージで準備を重ねていました。
チーム全体の打撃練習を終えた後も、午後6時15分頃には再び打撃ケージへ向かいます。
さらに試合直前にも身体を整え、午後7時10分のプレーボールを迎えていました。
準備が一度のウォーミングアップで完結するのではなく、一日を通して何度も繰り返されていたのです。
試合後の行動にも同じ丁寧さが表れていました。
2015年の取材では、試合が終わるとまずグラブの手入れを行い、帰宅後には弓子夫人が食事を用意する間に専用マシンを使用していたことが紹介されています。
食後にも身体を動かし、約2時間のマッサージを受けるという日常でした。
野球道具と自分の身体。どちらも翌日に備えて丁寧に整える対象だったのです。
ナイターの日には深夜に休む生活となり、2017年の取材では午前3時頃に就寝すると説明していました。
これは当時の試合日程に合わせた生活であり、現在の睡眠時刻を示すものではありません。
しかし、この一日の流れから、イチローさんが運動、食事、身体のケア、休息をどれほど細かく組み合わせていたかが分かります。
身に着けるウェアにも身体との相性を求める
イチローさんは、身体に触れる衣服にも長年こだわってきました。
2000年頃、さまざまな機能性ウェアを試し、自分に合うものとしてワコールの「CW-X」を選んだ経緯が知られています。
2002年には正式なアドバイザリー契約を締結し、その関係は長く続いています。
2025年11月のスポーツイベントでも、長年使用してきたウェアについて本人が語りました。
亡くなったときにも身に着けていたいという冗談が飛び出すほど、自分に合うと感じたものへの愛着があるようです。
道具、衣服、身体の動きまで、自分の感覚で確かめながら選ぶ。その姿勢は、長い野球生活の中で育まれたものなのでしょう。
【イチローの豆知識④】子どもの頃から年賀状は直筆
2023年のユニクロ取材では、文章を書くのは得意ではないと話しながらも、子どもの頃から年賀状は自分の手で書いていると紹介しました。デジタル化が進む時代でも、長年続けてきた小さな習慣を大切にしています。
5.朝カレーの真相と、年代によって変わる食生活
朝食の定番は、カレーからトーストとコーンスープへ
イチローさんの食生活で最も有名なエピソードの一つが、毎朝カレーを食べるという話でしょう。
現役時代、弓子夫人が作るカレーを朝食にしていたという印象が広まり、長年にわたってイチローさんを象徴する習慣として語られてきました。
ところが2024年12月の『情熱大陸』で、本人が語った内容は少し違っていました。
確かに朝食にカレーをよく食べていた時期はありましたが、最も多い年でも年間80日程度だったと説明したのです。
毎朝365日食べていたという有名なイメージと、実際の食卓には違いがありました。
イチローさん自身も、毎日同じものを食べる人物だと考えるほうが、周囲にとって面白く感じられるのかもしれないと、ユーモアを交えて話しています。
2024年当時の朝食は、トーストとコーンスープでした。
コーンスープは愛知県発祥のステーキ店「あさくま」のもので、子どもの頃から親しんできた味だそうです。
長くアメリカで暮らし、世界を舞台に活躍してきたイチローさんが、故郷の味を朝の食卓で楽しんでいるところには、親しみやすさがあります。
別の時期には、うどんなどの麺類を食べていたこともあります。
生活環境や年齢に合わせて、朝食の定番も変わってきました。イチローさんの食生活には、慣れ親しんだ味を大切にしながら、その時々の暮らしに合う食事を選ぶ柔軟さがあります。
体重維持のための食事と、好きな味を楽しむ時間
現役時代の食事に関する発言には、意外なものもあります。
アメリカでのキャンプや遠征では、練習前にチーズバーガー4個とポテトを食べていた時期があったそうです。
この食事の背景には、試合と練習で活動量が大きい中、体重を維持したいという本人の事情がありました。
世界的なトップアスリートというと、特別な健康食だけを食べている印象を持つ人もいるかもしれません。しかし、本人の話をたどると、体重や活動量、遠征先の生活などに合わせて食事を選んでいたことが分かります。
2025年には、ホテルに宿泊しているときに菓子パンを朝食にすることもあると明かしています。
一方、家庭では弓子夫人が栄養バランスを考えた食事を用意しており、現在はイチローさん自身も料理をするようになりました。
日々の食事には、活動量、生活環境、慣れ親しんだ味、家族の存在が折り重なっています。
飲料については、1994年の夏から現役時代の試合前にユンケルを飲んでいたと、本人が語っています。
引退後には飲む時間帯が変わり、朝の習慣になったそうです。
30年近く親しんできた飲み物を、現在の生活のリズムの中に位置づけているというエピソードです。
これらは本人の食生活や飲用経験として紹介するものであり、読者それぞれに適した食事や飲料は体質や生活環境によって異なります。
【イチローの豆知識⑤】普段着はシンプルで長く着られるものが好き
2023年のユニクロ取材では、長く着られる質の良い服や、飽きのこないシンプルなデザインを好むと語っています。世界的な舞台に立ってきた人物の、普段着に対する落ち着いた価値観が伝わります。
6.弓子夫人との結婚生活と、50代から始まった料理の楽しみ
約2800個のおにぎりに込められた夫婦の歴史
イチローさんは1999年、元TBSアナウンサーの福島弓子さんと結婚しました。
メジャーリーグへ挑戦してからも、夫婦でアメリカでの暮らしを築き、長い選手生活を共に歩んできました。
2019年の引退会見では、弓子夫人が本拠地での試合前に握ってくれたおにぎりについて語りました。
その数は、およそ2800個。
弓子夫人は3000個まで握りたかったようだと紹介し、その気持ちに感謝を込めて振り返っています。
メジャーリーグ通算3089安打という記録とは別に、家庭には約2800個のおにぎりという、夫婦で積み重ねてきた数字がありました。
毎日の食事を準備する時間は、華やかな記録として残るものではありません。それでも、長い選手生活を支えてきた大切な日常だったことが伝わります。
2025年の米国野球殿堂入りスピーチでも、弓子夫人への深い感謝を伝えました。
シアトル、ニューヨーク、マイアミと生活拠点が変わる中でも、妻が家庭を支え続けてくれたことを振り返り、自分にとって最も一貫して支えてくれたチームメートとして紹介しています。
世界的な記録を積み重ねた野球人生のそばには、長年にわたり日常を共にしてきた家族の存在があったのです。
50代で始めた料理が新しい日課に
引退後の暮らしでは、夫婦の食卓にも新しい変化が生まれました。
2024年12月、シアトルでしばらく過ごすことになった際、いつも料理を用意してくれる妻のことを考え、自分でも調理を始めようと思ったそうです。
料理好きの友人から教わったパスタが、新しい趣味の出発点になりました。
2025年7月の共同通信インタビューでは、料理が毎日の楽しみになったと話しています。
それまで包丁を使う機会も少なかったイチローさんが、カチョ・エ・ペペ、カルボナーラ、リゾット、野菜炒めなどへと挑戦するようになりました。
料理を始めた当初は、エプロンを身に着けることにさえ違和感があったそうです。
ところが、少しずつ経験を重ねるうちに、調理そのものが楽しくなり、家庭での新しい日課になりました。
本人は料理の下準備から後片付けまで、一連の作業を終えることに面白さを感じているといいます。
カルボナーラを作るときには、ベーコンを一枚ずつ丁寧に扱い、弓子夫人から職人のようだと冗談を言われたこともありました。
グラブやバットの手入れを大切にしてきた人が、家庭のキッチンでも細かな手順を大切にしている。その姿を想像すると、思わず笑顔になります。
妻から料理を教わることもあり、長年の夫婦生活の中に新しい会話や楽しみが増えているのでしょう。
40日間作り続けたオムライス
料理への熱中ぶりがさらに明らかになったのは、2025年11月のイベントでした。
イチローさんは、シアトルで40日間続けてオムライスを作ったことを明かしました。
本人によると、自分なりのレシピが完成するまで繰り返して作りたいという思いがあったそうです。
パスタでも納得できる作り方を見つけてから、次の料理に進んでいました。
オムライスでも同じように、卵の仕上がりや調理方法を工夫しながら、自分が満足できる形を探っていたのです。
世界的な野球選手が、50代になって料理の初心者から挑戦を始め、毎日工夫を重ねて新しい技術を身につけていく。
この話には、イチローさんの親しみやすさと、何かに夢中になる楽しさが詰まっています。
さらに殿堂入りスピーチでは、引退後に弓子夫人とマイナーリーグの試合をスタンドから観戦し、ホットドッグを食べながら楽しんだ思い出も語りました。
かつてグラウンドで世界中のファンを魅了していた選手が、今度は妻と並んで観客として野球を楽しむ。
料理を始めたことも、夫婦で野球観戦を楽しむ時間が増えたことも、引退後の新しい人生を象徴するエピソードです。
【イチローの豆知識⑥】生まれ変わるならセミも面白そう
2023年のユニクロインタビューで、生まれ変わったら何になりたいかと尋ねられ、セミの生き方も面白そうだと答えています。土の中で長い時間を過ごし、成虫になってからの短い時間を生きるセミに興味を向けるところにも、イチローさん独自の発想が感じられます。
7.睡眠・休息と、心のコンディショニング
ストレスとの付き合い方に表れる本人の考え方
イチローさんというと、常に厳しい練習を続け、自分に高い目標を課してきた人物という印象が強いかもしれません。
しかし、2019年の引退会見で語ったストレスへの考え方は、少し意外なものでした。
我慢について質問された際、本人は自分が我慢を得意とするタイプではなく、なるべくストレスを感じずに済むように考えて行動してきたという趣旨を話しています。
野球に長く打ち込んできたことは、本人にとって好きなものを深く追究する時間でもありました。
この考え方は、引退後の料理への没頭ともつながっています。
2025年、俳優のディーン・フジオカさんと参加したオリックスグループの「イチ問一答」では、SNSやインターネットとの付き合い方が話題になりました。
イチローさんは、野球の仕事や家事に集中していると、SNSに時間を使う機会が自然に少なくなると説明しています。
特に料理中は、材料や仕上がりに意識が向き、目の前の作業に没頭できるそうです。
野球に集中してきた人が、50代では料理という新しい分野でも同じような楽しみを見つけています。
気分転換の一つにはゴルフもあります。
2023年の本人インタビューでは、ゴルフは思うように上達せず、そのストレスを野球で発散していると冗談交じりに話しました。
世界的な野球の名手にも、思いどおりにいかない趣味があるという、親しみやすいエピソードです。
武豊さんと語った緊張、感情、モチベーション
2024年のJRA企画では、武豊さんとメンタルやモチベーションについても語り合いました。
イチローさんは高校2年生の秋頃から、自分の感情の表し方を意識するようになったと明かしています。
自分が良いプレーをしたときの喜びは表に出しすぎず、仲間の好プレーは全力で喜ぶ。そのような姿勢を若い頃から培ってきたそうです。
観客から見ると、大舞台でも落ち着いているように見えるイチローさん。しかし、本人も試合中に強い緊張を感じていたと率直に語っています。
緊張する自分を理解しながら、その感情と共に競技に向き合ってきたのです。
モチベーションについての対談では、心・技・体という言葉の順番も話題になりました。
イチローさんは身体、心、技術の順番を重視し、武豊さんは身体、技術、心という順番を挙げています。
競技は異なりますが、どちらも身体の状態を大切にしている点が興味深いところです。
また、イチローさんは目標を達成した際の喜びや達成感をきちんと味わい、それを次の挑戦につなげることについても語りました。
常に次の目標を追いかける姿の裏側には、積み重ねた努力の結果を喜ぶ時間もあります。
精神面への向き合い方も、本人の性格や経験から少しずつ築かれてきたものなのです。
【イチローの豆知識⑦】インターネットでは野球以外の話題もチェック
2023年の本人インタビューでは、野球や大相撲の結果に加え、株式や為替の動き、車に関する動画も見ると紹介しています。野球以外の世界にも幅広く関心を持っていることが分かる、意外な一面です。
8.愛犬と野球仲間、競技を超えた交流が彩る日常
愛犬・一弓と、姫弓・天朗がつなぐ家庭の時間
イチローさんの家庭生活には、長年一緒に暮らしてきた柴犬の一弓という大切な存在がいました。
2019年の引退会見でイチローさんは、当時17歳7か月だった一弓について語っています。
高齢になって歩くことも大変になっていた一弓が、それでも懸命に生きる姿に励まされてきたそうです。
世界的な記録を残した選手が、家族である愛犬の姿から勇気を受け取っていたというエピソードには、温かな人柄が感じられます。
一弓は2019年夏に亡くなりましたが、その後、血縁関係のある2匹の柴犬が新しい家族に加わりました。
名前は天朗と姫弓です。
2024年の『情熱大陸』では、2匹と接するイチローさんの柔らかな表情が紹介されました。
姫弓については賢く、おてんばなところが弓子夫人に似ていると冗談を交えて語っています。
厳しいトレーニングを続ける一方、家庭では愛犬たちと穏やかに過ごす時間があります。
グラウンドで見せる真剣な表情とは違う、イチローさんの日常の魅力が感じられます。
松井秀喜さん、松坂大輔さん、グリフィーさんとの交流
イチローさんは引退後、かつてのスター選手たちと一緒に高校野球女子選抜との交流試合に参加しています。
2025年には、松井秀喜さんや松坂大輔さんらもグラウンドへ立ちました。
現役時代に異なるチームや立場で活躍していた選手たちが、今度は若い世代のために一緒にプレーする。
こうした活動は、野球という競技を通じて築かれてきたつながりを、次の世代へ伝える機会にもなっています。
メジャーリーグ時代には、ケン・グリフィー・ジュニアさんとのユーモラスな交流もありました。
マリナーズでチームメートだった頃、グリフィーさんが試合前のストレッチ中にイチローさんをくすぐったことがあったそうです。
その日に好成績を残したことをきっかけに、二人の間で繰り返されるお決まりのやり取りになりました。
緻密な準備を重ねるイチローさんにも、仲間と笑い合う時間がありました。
長い現役生活は、一人で努力を積み重ねる時間だけでなく、周囲の人との交流によっても彩られていたのです。
交流の輪は野球場の外にも広がっています。
武豊さんとの対談に加え、2025年にはJRAの企画で元騎手の福永祐一さんとの交流も映像になりました。
2026年10月には、新たな「ICHIRO MEETS KEIBA 2026」の公開も案内されています。
身体の使い方や技術を追究する姿勢を、異なる競技の経験から考え直す機会にもなっているのでしょう。
【イチローの豆知識⑧】愛犬・姫弓の賢さを大学にたとえる
2024年のテレビ密着では、賢い姫弓について、大学にたとえるなら慶応大学卒業だろうと冗談を披露しました。弓子夫人の母校に重ねた表現で、愛犬をかわいがるイチローさんらしいユーモアが伝わります。
9.次世代への指導と、年齢を重ねても広がる挑戦
子どもたちの言葉が新しい原動力になる
現役引退後、イチローさんは高校生への野球指導や、ユニクロとの「イチローPOST」などを通じて、子どもたちとの交流を重ねています。
2023年には、兵庫県養父市の少年野球チーム「広谷オリオンズ」を訪れました。
きっかけは、部員が少なく、誰か一人でも休むと試合ができなくなるという悩みを抱えた少年からの手紙でした。
イチローさんは子どもたちとキャッチボールや守備練習、打撃練習などを行い、約2時間にわたって一緒に汗を流しました。
本人は、子どもたちが野球をさらに楽しいと感じてくれたらうれしいと語っています。
また、子どもたちから届く手紙や言葉が、自分自身の頑張るエネルギーにもなっていると明かしました。
世界的な記録を残した選手が、今度は次の世代を支え、子どもたちとの交流から自らも刺激を受け取っているのです。
現役時代には、試合で結果を出すための準備が一日の中心にありました。
現在は身体の可能性を探りながら、その経験を誰かに伝えることにも情熱を注いでいます。
若い選手の前で身体を動かし、実際のスイングを見せることも、その思いの表れでしょう。
好きなことを深く追究する人生
2023年のユニクロインタビューで、イチローさんは子どもたちに向けて、好きなことに出会えた経験を大切にしてほしいと語っています。
子どもの頃から野球に夢中になり、何十年もの時間をかけて技術を磨き続けたイチローさんにとって、何かに深く打ち込むことは人生の中心にありました。
そして現在は、野球に加えて料理という新しい楽しみがあります。
最初はエプロン姿に違和感を覚えていた人が、今では自分なりのレシピを完成させるまで繰り返し料理を作るようになりました。
長年続けてきたものを大切にしながら、新しい世界にも興味を持つ。
そこには、年齢を重ねることを前向きに楽しむ姿勢が表れています。
【イチローの豆知識⑨】殿堂入りは394票中393票
2025年のアメリカ野球殿堂入りでは、394票中393票を獲得しました。満票まであと1票という結果を、式典ではユーモアに変えて会場を笑わせています。歴史的な舞台でも、イチローさんらしい余裕と親しみやすさが感じられました。
まとめ|変わらない探究心と、変わり続ける暮らし
イチローさんの美容・健康習慣を詳しくたどると、長年のトレーニングと身体管理の積み重ねに加えて、年齢とともに変化してきた生活の魅力が見えてきます。
若い頃には筋肉を大きくするトレーニングを試し、その経験から自分に合う身体づくりを追究するようになりました。
現役時代には毎日の体重測定や試合後のケアを重ね、長いシーズンに向き合ってきました。
引退後もトレーニングへの情熱は続き、50代では現役時代と異なる目標を持って身体を動かしています。
一方、食生活は年代とともに変化し、妻・弓子さんとの暮らしにも新しい楽しみが加わりました。
50代から始めた料理は、今では日常の大きな楽しみになっています。
愛犬たちとの家庭での時間、武豊さんをはじめとする仲間との交流、若い世代への指導、新しい趣味への挑戦。そうした経験が、現在のイチローさんの生活を豊かに彩っています。
世界的な野球選手として記録を追いかけていた頃と、エプロンを着けてオムライスを研究している現在。
一見まったく違う生活ですが、好きなことを深く追究する姿勢には共通するものがあります。
自分の身体を丁寧に理解し、その時々の暮らしに合う方法を探し、新しい楽しみを見つけながら生活していく。
そんなイチローさんの生き方には、美容や健康というテーマを超えて、これからの毎日をより豊かに楽しむためのヒントが詰まっています。
【イチローの豆知識⑩】51歳以上のイベントに登場した5体のマネキン
2025年11月に開催された51歳以上を対象としたスポーツイベントでは、イチローさんそっくりのマネキン5体も会場に登場しました。身体づくりへの真剣な思いと、イベントならではの遊び心が同居する楽しい一幕でした。