黒いスーツにサングラス、低く落ち着いた声、そして余裕のある立ち姿。俳優・舘ひろしさんには、若い頃から変わらない独特のダンディズムがあります。2026年に76歳を迎えてからも主演映画でハーレーダビッドソンにまたがり、アクションやコメディを披露する姿は、多くの人を魅了しています。
そんな舘さんの姿を見ると、美容法やスキンケア、食生活、運動などに特別な秘訣があるのではないかと気になる方もいるでしょう。ところが、本人が語る暮らし方は意外なほど自然体です。好きな食事を楽しみ、友人とゴルフに出かけ、幼い頃から親しんできた紅茶を飲む。そして人前では、相手への敬意を込めて身だしなみを整える。その生活には、長い年月をかけて培われてきた価値観が息づいています。
舘ひろしさんは1950年3月31日、愛知県名古屋市生まれ。高校時代はラグビー部の主将として活躍し、大学時代にはオートバイチーム「クールス」の活動に参加しました。1975年にクールスのボーカルとして歌手デビューし、1976年の映画『暴力教室』で俳優デビュー。その後、1982年に出演した『西部警察』をきっかけに、1983年2月8日、石原プロモーションに正式入社しました。
1986年から始まった『あぶない刑事』シリーズでは柴田恭兵さんと名コンビを組み、大ブレイク。『パパとムスメの7日間』『終わった人』『ゴールデンカムイ』など、コメディから重厚なドラマまで幅広い作品で活躍してきました。2018年には『終わった人』でモントリオール世界映画祭の最優秀男優賞を受賞。歌手としても『泣かないで』で1984年のNHK紅白歌合戦に出場しています。
2020年には旭日小綬章を受章し、2021年には自身の事務所「舘プロ」を設立。2026年公開の主演映画『免許返納!?』でも新しい役柄に挑戦しています。私生活では1996年に一般女性と結婚。英国文化を好んだ祖父、医師だった父親、俳優を目指す息子を支えた母親など、家族にまつわる印象的なエピソードも数多くあります。
今回は、舘ひろしさんの本人インタビューや公式情報をもとに、美容観と清潔感、食生活、紅茶の習慣、ラグビーやゴルフ、趣味の変化、家族との思い出、柴田恭兵さんをはじめとする共演者との関係、そしてニュージーランドとの縁まで詳しく紹介します。
1.舘ひろしの美容法と健康観|76歳でも大切にする自然体の美意識
舘ひろしさんの美容観を知るうえで、まず注目したいのが2026年6月の『anan』での本人インタビューです。
長年、人前に立つ俳優として活動し、76歳になっても整った姿を見せる舘さん。しかし、美容について質問されると、これまでほとんど意識してこなかったと率直に答えています。若い頃から肌に関する悩みが比較的少なく、スキンケアについても自然体で過ごしてきたそうです。
この発言は、舘さんの美容法を理解するうえで大切です。本人の見た目を特定の化粧品や美容用品と結びつけるよりも、実際に大切にしてきた考え方を知ることで、現在の姿がより深く理解できます。
舘さんにとって大きな意味を持つのが、石原プロモーション時代にともに仕事をした渡哲也さんから教わった「俳優は清潔でいろ」という言葉です。
舘さんは2026年の取材でも、年齢を重ねていくうえで、清潔感を大切にし、凛とした姿でありたいと語っています。若い頃の容姿を追い求めるというより、今の年齢にふさわしい佇まいを大切にしているのでしょう。
体型についても、祖父、父親、弟が自分とよく似た体型だったと語っています。特別な食事制限を重ねてきたという説明ではなく、家族の特徴として受け止めているところにも、舘さんの率直な人柄が表れています。
こうした考え方は、外見への関心が薄いという単純な話ではありません。自分らしい生活を楽しみながら、人と接するときには清潔感や礼儀を大切にする。その両方を自然に続けてきたことが、舘さんならではの美意識なのです。
高校時代に出会った『自由と規律』という人生の指針
舘さんの考え方をさらに深く知る手掛かりとなるのが、池田潔の著書『自由と規律』です。
2026年9月の芸能生活50周年インタビューで、舘さんは高校時代に読んだこの本を、今も大切な人生の指針としていると語っています。
英国の紳士教育について書かれたこの本には、個人の自由と社会のなかで守るべき規律についての考え方が描かれています。舘さんは幼い頃から祖父に英国紳士としての振る舞いを教えられて育ちました。家庭で教わった価値観を、読書を通じて自分の考え方として深めていったのでしょう。
好きなものを食べ、気の合う友人と趣味を楽しみ、仕事では自分の感性を大切にする。一方、人前では身なりを整え、相手の立場に敬意を払う。舘さんが続けてきた生活には、「自由」と「規律」の両方が共存しています。
美容や健康についても、厳格なルールより自分に合った生活を重んじる。その姿勢は、長年にわたり大切にしてきた人生哲学と自然につながっています。
舘ひろしの豆知識①|祖母は肌の白さから結核を心配していた
2026年の美容インタビューで、舘さんは子供時代の面白い思い出を披露しています。祖母から肌が白いと言われ、褒められたと思って喜んでいたところ、実は祖母は結核ではないかと心配していたのだそうです。もちろん、舘さんが結核だったという話ではなく、本人が笑いながら振り返った幼少期のエピソードです。
2.清潔感とダンディズム|祖父の英国文化と渡哲也から受け継いだもの
舘ひろしさんのスーツ姿には、ファッションだけでは語りきれない家族の歴史があります。
父方の祖父は英国文化に強く憧れ、近所へ散歩に出かけるときにも三つ揃いのスーツを着て、帽子をかぶり、手にはステッキや傘を持っていたそうです。父親も装いに気を配る人物で、外食の際にはジャケットを着用することが家庭の習慣になっていました。
舘さんにとって、身なりを整えることは特別な日の行為というより、幼い頃から身近にあった礼儀でした。
2026年の『サライ』では、ファッションは相手に対する敬意の表現でもあると語っています。たとえば、相手が時間をかけて装いを整えてくれるなら、自分もその時間を大切にするために身なりを整える。服装は、自分を格好よく見せるためだけのものではなく、一緒に過ごす相手への心遣いでもあるという考え方です。
その価値観を俳優の世界でさらに深めてくれたのが渡哲也さんでした。
舘さんが渡さんと初めて会ったとき、すでに大スターだった渡さんは自ら立ち上がり、丁寧に名乗って握手を求めたそうです。相手が若手であっても礼儀を尽くす姿に、舘さんは強い感銘を受けました。
後年、渡さんから俳優としての華を認められたことも、舘さんにとって忘れられない出来事となりました。2026年の『日曜日の初耳学』などで、俳優として自信が揺らぐ時期に、尊敬する先輩からの言葉が心の支えになったことを振り返っています。
渡さんから学んだのは、画面に映るときの格好よさだけではありません。どんな相手にも誠実に接し、仕事に責任を持ち、人としての品格を大切にすることでした。
その一方で、舘さんは自宅でのくつろいだ姿についても率直に語っています。2025年の『THE CHANGE』では、家ではパジャマ姿で過ごし、髪も自然な状態になると笑いながら話していました。石原プロ時代には、家では気を抜いていても、外へ出たらきちんとした姿でいるようにと教えられていたそうです。
自宅ではリラックスし、人と会うときには心を込めて身だしなみを整える。いつも完璧に装うのではなく、暮らしの場面に合わせたメリハリを持っているところも、舘さんの自然体な魅力です。
身につける品物にも、その考え方が表れています。2024年には、約30年前に購入したネクタイを今も大切に持っていることや、父親の形見となった懐中時計を使っていることが紹介されました。新しい流行を次々と追いかけるより、気に入ったものを長く使う。その姿勢に、舘さんの物への愛着が感じられます。
英国車への愛着にも表れる、受け継がれた美意識
祖父から親しんできた英国文化は、自動車の好みにもつながっています。
舘さんは、英国車のモーガンやジャガーに長年愛着を持ってきました。2026年の自動車専門誌の取材では、モーガン・プラスフォーを所有しており、現在の車は2台目だと話しています。
近年は運転する機会が少なくなり、愛車を大切に保管しているそうです。かつて所有していたジャガーのV型12気筒エンジンについても楽しそうに振り返っていました。
スーツ、時計、ネクタイ、そして英国車。いずれも舘さんにとって、単なる高価な品物というより、家族から受け継いだ憧れや自分自身の経験が重なる存在なのでしょう。
舘ひろしの豆知識②|英国車モーガンへの憧れから海外で免許取得
舘さんは20代後半にアメリカで自動車の運転免許を取得したことを語っています。きっかけは、憧れの英国製スポーツカー、モーガンに乗りたかったから。オートバイの免許は先に日本で取得しており、自動車の免許はその後、日本の免許へ切り替えたそうです。
3.舘ひろしの食生活|医師の父親から学んだ食事観と意外な好物
舘ひろしさんの食生活には、医師だった父親の考え方が深く影響しています。
2025年の『THE CHANGE』で、舘さんは子供時代の食卓について振り返っています。父親は、好きなものを食べればよいという考え方で、食べ物の好き嫌いにも寛容でした。子供の頃に苦手だった食べ物も、大人になると自然に食べるようになる場合があると考えていたそうです。
医師の父親が家庭で大切にしていたのは、食事を無理に押しつけることより、食べることを自然に受け止める姿勢でした。舘さんにとっては、幼い頃からのびのびと食事を楽しめる環境だったのでしょう。
現在の好みについても、本人は率直に語っています。魚料理よりも肉料理が好きで、2025年の取材では食事の際にワインを1杯ほど楽しむと話していました。好きな食事を味わうことが、日々の楽しみになっているようです。
意外なのが、チーズバーガーへの愛着です。
2026年の『anan』では、BS10の『舘ひろし シネマラウンジ』の収録がある日に、近くの店でチーズバーガーを食べることを楽しみにしていると語っています。取材当時、収録は約2週間に1度のペースで行われており、その日はお気に入りの食事を楽しむ機会にもなっていました。
黒いスーツに身を包み、映画の魅力を落ち着いた声で語る舘さんが、収録の日にはチーズバーガーを楽しみにしている。そんな日常の一面を知ると、スクリーン上のダンディなスターが少し身近に感じられます。
2026年のNHK『あさイチ』関連取材では、ハンバーガーのほか、お好み焼きや焼きそばも好物として挙げています。反対に塩辛やこのわたなど、得意ではない食べ物もあるそうです。好みがはっきりしているところにも、父親から受け継いだ食事への考え方が表れています。
こうした舘さんの食生活は、本人の経験に基づく暮らし方です。栄養管理の方法として一般化するのではなく、食事を通じて見える舘さんの人柄や家庭の価値観として受け止めると、その面白さがより伝わってきます。
おはぎの差し入れに込められた仲間への気遣い
舘さんと食べ物に関する話題では、石原プロ時代から続く「おはぎ」の差し入れも欠かせません。
2021年に舘プロを設立した際、最初のミーティングで話し合ったのは、撮影現場へ届けるおはぎの注文先だったそうです。
候補となる店のおはぎを食べ比べ、スタッフの意見を取り入れながら発注先を決定。従来のつぶあんに加えて、きなこ味も取り入れました。
舘さんは2026年のテレビ番組で、このエピソードを楽しそうに披露しています。撮影現場の人々に喜んでもらうために、食べ物を選ぶことにも時間をかける。そこには、先輩たちから受け継いだ現場への気遣いがあります。
舘さん自身は好きな食事を自由に楽しみながら、仕事の仲間には心を込めた差し入れを届ける。食べ物が、家族の教えと仕事仲間への思いを結びつけているのです。
舘ひろしの豆知識③|大型バイクの名手なのに自転車には乗れない
2026年5月、東京都調布市の一日警察署長イベントで、舘さんは自転車には乗れないと明かしました。映画では大型バイクを操る姿が印象的なだけに、驚きのある一面です。その場では、自転車事故を防ぐためにヘルメットの着用を呼びかけ、交通安全の大切さを伝えました。
4.紅茶の習慣|幼少期の牛乳紅茶から現在のストレートティーへ
舘ひろしさんの暮らしのなかで、特に長い歴史を持つ飲み物が紅茶です。
英国文化を好んでいた祖父の影響で、舘家では子供の頃から家族でお茶を飲む時間がありました。祖父は西洋の暮らしに憧れ、服装だけでなく日常生活にも英国風の習慣を取り入れていました。
2025年の『THE CHANGE』で舘さんは、幼少期に飲んでいたのはミルクティーだったと話しています。ただし、舘家ではおしゃれな外来語ではなく、「牛乳紅茶」と呼んでいたそうです。
周囲の家庭ではインスタントコーヒーが広まり、友人の家でもコーヒーが出されるようになっていました。それでも舘家では昔ながらの牛乳紅茶が続いていたため、中学生の頃には少し格好悪く感じたこともあったと振り返っています。
家族のお茶の時間そのものも、子供時代の舘さんにとっては少し退屈な時間だったそうです。家族が集まっても特に話すことがなく、ただ紅茶を飲んで過ごす。その何気ない時間が、長い年月を経ても印象深い思い出として残っています。
当時の舘家には「西洋館」と呼ばれる小さな洋間がありました。祖父は休日にもスリーピースを着て散歩に出かけ、父親も外で食事をする際にはジャケットを着る。そんな生活のなかで、牛乳紅茶は家族にとって当たり前の飲み物だったのです。
一方、2025年の本人インタビューでは、現在は紅茶をストレートで飲んでいると語っています。幼少期のミルクティーから大人になって楽しむストレートティーへ。好みの変化にも、長年紅茶に親しんできた舘さんの暮らしが表れています。
紅茶を飲み始めたきっかけが美容目的だったわけではなく、家族の文化として日常に根づいていた点も興味深いところです。舘さんにとって紅茶は、祖父や父親と過ごした時間を思い起こさせる存在なのでしょう。
年齢を重ねても、幼い頃から親しんできた飲み物を自分の好みに合わせて楽しむ。そうした小さな習慣の積み重ねに、舘さんらしい生活の豊かさが感じられます。
舘ひろしの豆知識④|祖父は外国人牧師から英会話を学んでいた
舘さんの祖父は、若い頃に教会の外国人牧師から英会話を習っていたそうです。海外旅行が身近な時代になる以前から、西洋の文化や言葉に関心を持っていた祖父。その好奇心が、牛乳紅茶やスーツを大切にする舘家の生活文化にもつながっていました。
5.ラグビー・ゴルフ・乗馬とアクション|年齢に合わせた身体との付き合い方
舘ひろしさんは現在、友人とゴルフを楽しむことを大切にしています。しかし、そのスポーツ歴は高校時代までさかのぼります。
愛知県立千種高校ではラグビー部の主将を務め、愛知県大会でベスト8まで進んだ経験があります。チームスポーツに熱中した学生時代は、舘さんの人生の大切な原点の一つです。
世界的なラグビー強豪国であるニュージーランドの代表チーム、オールブラックスへの憧れも、この頃から育まれました。
2026年の『anan』では、取材当時、週に1回程度友人とゴルフを楽しんでいると話しています。最近ではコース内でカートを利用することもあるそうです。ゴルフは身体を動かす機会であると同時に、気の合う友人と過ごす楽しみの時間にもなっています。
2026年の『サライ』では、地道なトレーニングを続けるのは得意ではなく、ジムには通っていないと語っています。運動についての質問にも冗談を交えて答えるなど、舘さんらしい肩の力の抜けた姿勢が印象的です。
かつては乗馬にも親しんでいました。しかし2026年1月の舘プロ新春餅つき新年会では、乗馬をやめたことを明かしています。午年にちなんで乗馬の話題を振られると、乗馬を続けるのは大変だったと、笑いながら説明しました。
若い頃のラグビーから乗馬、そして現在のゴルフへ。年齢や暮らしに合わせて趣味との付き合い方を変えてきたところも、舘さんの自然体な生活を表しています。
8年ぶりのバイクと、76歳で挑んだカーアクション
舘さんの俳優人生を語るうえで、オートバイや自動車を使ったアクションは欠かせません。
『西部警察』や『あぶない刑事』で見せてきたバイクシーンは、長年にわたって多くのファンの記憶に残っています。
2024年公開の『帰ってきた あぶない刑事』では、久しぶりにハーレーダビッドソンに乗る場面がありました。横浜市の公式インタビューでは、約8年間バイクに乗っていなかったため、撮影前に20分ほど運転して感覚を確かめたことを語っています。
長年培ってきた経験を頼りに、久しぶりのアクションへ向き合う。その一方で舘さんは、柴田恭兵さんの走る姿にも尊敬の気持ちを示しています。舘さんがバイクを使う場面を得意としてきたのに対し、柴田さんは自分の足で走る場面が多く、その体力や動きを高く評価していました。
2026年の映画『免許返納!?』では、76歳で主演を務め、ハーレーや自動車を使ったアクションにも挑戦しています。
この映画では、1994年の『免許がない!』に登場したスター俳優・南条弘が、長い年月を経て免許返納の問題に向き合います。かつて免許取得に奮闘した人物が、今度は返納をめぐる騒動の中心になるという設定は、長い俳優人生を持つ舘さんだからこそ演じられる物語です。
映画の公開に合わせたインタビューでは、舘さん自身も運転免許について現実的な考えを語っています。最近は車を運転する機会が少なく、妻の車を時折運転する程度であり、運転に不安を感じたときには返納を考えたいというのです。
長年乗り物を愛し、スクリーンでもさまざまな車やバイクを操ってきた舘さん。好きなものへの愛着を大切にしながら、安全については年齢に応じた判断をしていく姿勢にも、本人の人生観が表れています。
舘ひろしの豆知識⑤|石原プロ時代には自分専用の大型バスがあった
2026年の自動車専門誌の取材で、舘さんは石原プロ時代に専用の大型バスを作ってもらったことを語っています。トイレやシャワー、キッチンなどを備えた特別仕様で、当時の金額は約4500万円。渡哲也さんのバスより大きくなってしまい、慌てて全長を短くしたというユーモラスな裏話も披露しています。
6.結婚・家族・母親との思い出|舘ひろしを育てた家庭の物語
舘ひろしさんは、1996年8月に一般女性と結婚しています。
妻は芸能活動を行う人物ではなく、舘さんも家庭について詳しく語る機会は限られています。2024年の柴田恭兵さんとの共同インタビューでは、自身には子供がいないことにも触れています。
舘さんの家族に関する話で、とりわけ印象深いのは祖父母や両親との思い出です。舘さんは3人きょうだいの長男として育ち、英国文化を好む祖父、医師だった父親、そして長年息子を支えてきた母親から、多くのことを学んできました。
なかでも、母親が大学の学費を払い続けていたというエピソードは、舘さんの人生を語るうえで欠かせません。
10年間学費を納め続けた母親と、半世紀後の卒業
舘さんは1970年、千葉工業大学工学部建築学科へ入学しました。
大学時代にはオートバイや音楽活動に熱中し、やがて芸能界へ進みます。1976年に映画俳優としてデビューすると仕事が増え、大学へ通うことが難しくなりました。
それでも母親は、息子がいつでも大学へ戻れるようにと考え、休学中も含めて約10年間学費を納め続けていたそうです。
さらに印象深いのは、母親が毎年、名古屋から千葉県の大学まで出向いていたということです。菓子折りを持参し、学費を納めていたという話を舘さんは後になって知りました。
俳優としての仕事が将来どうなるか分からなかった時代に、息子の選択肢を残しておこうとした母親。その思いは、目立つ言葉ではなく、長年にわたる静かな行動として表れていました。
舘さんが母親にそのことを尋ねたとき、母親は短く答えただけだったと振り返っています。何年にもわたって続けていた支えを、特別なことのようには語らなかったのです。
その後、舘さんは8年間の休学を経て大学を中退。芸能活動を続け、長年にわたって俳優として活躍してきました。
そして2021年3月22日、千葉工業大学の特別卒業認定制度により、卒業証書を授与されました。71歳の誕生日を目前にした出来事でした。
大学に入学してから約51年。若い頃に選んだ芸能界の道が長い時間を経て、思いがけない形で学生時代とつながりました。
この大学卒業は、舘さん自身の俳優としての実績を評価された出来事であると同時に、かつて母親が残してくれた「戻れる場所」を思い起こさせる節目でもあります。
祖父から教わった紳士としての姿勢、父親から受け継いだ自由な食事観、そして母親から受けた静かな支え。舘さんの人生観には、家族それぞれの思いが重なっています。
舘ひろしの豆知識⑥|祖母の琴が聞こえる家で育った
舘さんが子供時代を過ごした家では、祖母が琴を弾いていたという思い出も語られています。英国式の紅茶やスーツ文化を大切にする家庭に、日本の伝統的な琴の音色もあったことは、舘家ならではの興味深い生活風景です。
7.柴田恭兵・仲村トオル・黒川想矢との絆|俳優人生を彩る人間関係
舘ひろしさんの俳優人生で欠かせない存在が、『あぶない刑事』シリーズで長年コンビを組んできた柴田恭兵さんです。
1986年に始まったシリーズでは、舘さんが鷹山敏樹を、柴田さんが大下勇次を演じ、その軽妙な掛け合いやアクションが人気を集めました。
二人は長年共演しているため、私生活でもいつも一緒にいるように思われがちですが、2024年の取材では、普段はあまり会わず、時折ゴルフをする程度だと語っています。
むしろ、その距離感があるからこそ、久しぶりに再会したときに新鮮な気持ちで仕事ができるのかもしれません。いつも一緒に過ごすことより、お互いの生活を尊重することが二人の関係を長く支えてきたのでしょう。
2026年の『日曜日の初耳学』では、舘さんが『あぶない刑事』の独特なスタイルを作り上げた人物として、柴田さんを高く評価していました。
たとえば、おなじみの「ダンディー鷹山」「セクシー大下」という呼び方は、台本に最初から書かれていたものではなく、柴田さんが撮影現場で口にしたアドリブから広まったそうです。
舘さんは、そのような柴田さんの自由な発想やセンスが、作品の魅力を大きく育てたと考えています。長年の人気シリーズの顔でありながら、相棒の貢献を自然に語るところにも、舘さんの人柄が表れています。
同じシリーズで共演してきた仲村トオルさんとの関係にも、印象深い話があります。
仲村さんが若手だった頃、撮影現場に大幅に遅刻したことがありました。その際、舘さんはスタッフの前で仲村さんを厳しく注意したそうです。後年、仲村さんはその出来事を振り返り、舘さんがあえて自分を叱ることで、周囲のスタッフの怒りを収めてくれたのではないかと受け止めていました。
一方、仲村さんが日本アカデミー賞の新人賞に選ばれた際には、授賞式のためにタキシードを用意してくれたという話もあります。仕事の現場では厳しく、後輩の晴れ舞台には温かな気遣いを示す。その姿には、舘さんが先輩たちから学んだ礼儀や責任感が表れています。
女子高生を食事に招いて研究した『パパとムスメの7日間』
2007年のドラマ『パパとムスメの7日間』では、新垣結衣さん演じる高校生の娘と人格が入れ替わってしまう父親を演じました。
それまでクールな刑事役の印象が強かった舘さんにとって、女子高生の仕草や話し方を表現することは新しい挑戦でした。
そこで舘さんが取った方法は、実際の女子高生たちの振る舞いを観察することでした。
2026年の『日曜日の初耳学』では、役作りのために女子高生4〜5人を食事に招き、会話や仕草、動きをじっくり観察したと明かしています。
手の動きや話し方など、日常の何気ない振る舞いを自分の身体で表現するため、身近な場面から研究を重ねたのです。
舘さんは、この作品を自身の俳優人生を大きく変えた代表作の一つに挙げています。長年築いてきたスターのイメージにとらわれず、新しい役柄に飛び込んだことが、俳優としての幅を広げるきっかけになりました。
近年は若い俳優との交流も深まっています。
黒川想矢さんは、幼い頃に舘さんとドラマで共演したことをきっかけに憧れを持ち、11歳の頃に舘プロへ入りたいと直接伝えたそうです。撮影の待ち時間には小さな椅子を持って舘さんのそばへ来るなど、子供らしい素直な交流があったことも紹介されています。
舘さんは黒川さんの演技について、技巧だけに頼らず気持ちを大切にしているところを評価しています。また、若い俳優にとっては学業も大切だと考え、学校生活を続けることにも理解を示してきました。
かつて自分が石原裕次郎さんや渡哲也さんに憧れたように、今度は若い俳優が舘さんの姿を見て成長していく。長い俳優人生のなかで、教えを受ける立場から、次の世代を見守る立場へと変わってきたことが分かります。
被災地支援に表れた責任感と、映画制作への夢
舘さんの人柄を知るうえでは、石原プロ時代から続けてきた被災地支援も欠かせません。
2026年の『日曜日の初耳学』では、約30年にわたる炊き出しなどの支援活動について語っています。大切にしてきたのは、支援を受ける現地の人々に余計な負担をかけないことでした。
そのため、被災地で活動するときは寝袋で寝泊まりし、現地の入浴施設の利用を控えるなど、自分たちの生活面でも配慮を徹底してきたそうです。
さらに、食事を提供する際の衛生管理にも細心の注意を払っていました。2016年の熊本地震の際には、炊き出しに使う食器を何度も煮沸消毒し、安全に食事を届けることを大切にしていたと振り返っています。
スーツ姿で華やかな世界に立つ俳優が、支援活動では現地の人々のことを第一に考え、自らも厳しい環境のなかで行動する。そこには、舘さんが長く大切にしてきた礼儀と責任感が表れています。
また、舘さんには今も映画制作への大きな目標があります。石原裕次郎さんや渡哲也さんたちが思い描いていたようなスケールの大きな映画を、自分たちの手で形にしたいという思いです。
2021年に舘プロを立ち上げた後も、先輩から受け継いだ仕事への姿勢を守りながら、若い俳優やスタッフと新しい作品づくりを続けています。
76歳になっても次の映画を作る夢を持ち続ける。現在の舘さんの魅力は、完成されたスターとしての姿だけでなく、新しい仕事に向かう意欲にもあります。
舘ひろしの豆知識⑦|『紫のハイウェイ』は夜明け前の景色から生まれた
クールス時代の楽曲『紫のハイウェイ』には、若い頃の舘さんの思い出が重なっています。夜中に青山で遊び、オートバイで横浜へ向かう途中、夜明け前の空が紫色に見えたことが印象に残り、その風景が歌詞につながったそうです。音楽とオートバイに夢中だった青春時代が目に浮かぶエピソードです。
8.ニュージーランドとの縁|ラグビー、映画撮影、ゴルフとワイナリー
舘ひろしさんとニュージーランドには、長年にわたる実際のつながりがあります。
その原点の一つが、高校時代に取り組んでいたラグビーです。世界的な強豪国であるニュージーランドの代表チーム、オールブラックスは、ラグビー少年だった舘さんにとって憧れの存在でした。
2022年7月、駐日ニュージーランド大使館で開催されたニュージーランド航空のキャンペーン発表会では、ニュージーランドを愛するゲストとして登場し、現地での思い出を語っています。
航空会社の公式発表によると、舘さんはそれまでに何度もニュージーランドを訪れ、オールブラックスとの交流もあったそうです。
学生時代に夢中になったスポーツが、長い年月を経て海外との縁へとつながっていったところが興味深い点です。
『さらば あぶない刑事』の撮影とニュージーランドでの休日
ニュージーランドは、舘さんにとって仕事の思い出がある場所でもあります。
2016年公開の映画『さらば あぶない刑事』では、ニュージーランドでの撮影が行われました。舘さんは2022年のイベントで、撮影時の写真などを紹介しながら、現地で過ごした時間を振り返っています。
豊かな自然や現地の人々の温かさが印象に残っており、撮影の合間にはゴルフも楽しんだそうです。普段からゴルフを趣味としている舘さんにとって、ニュージーランドの景色のなかでプレーする時間は、仕事の合間の楽しい思い出になったのでしょう。
また、ワイナリーを訪れた経験も語っています。ニュージーランドは美しい自然だけでなく、ワインの産地としても知られる国です。食事の際にワインを楽しむことがある舘さんにとって、現地のワイナリーを訪ねることも旅の楽しみの一つだったのかもしれません。
2022年のイベントでは、ニュージーランドに特に気に入っているホテルがあることも紹介されました。世界中のホテルのなかでもお気に入りの上位3つに入るほどだと語っており、旅先としてのニュージーランドに強い愛着を持っていることが分かります。
美しい風景や人々との交流、ゴルフ、ワイナリー、そしてお気に入りのホテル。舘さんにとってニュージーランドは、仕事の舞台であるとともに、趣味や旅の楽しみが重なる場所なのです。
映画の物語にも登場するニュージーランド
2024年公開の映画『帰ってきた あぶない刑事』では、タカとユージが刑事を引退した後、ニュージーランドで探偵として暮らしていたという設定が登場します。
これは映画の登場人物に関する物語上の設定ですが、実際の舘さんがニュージーランドを何度も訪れていることを考えると、シリーズのファンには興味深い話題です。
長年共演してきた柴田恭兵さんとの作品に、本人にとっても思い出深い国が登場する。そんなつながりを知ると、『あぶない刑事』シリーズをまた違った視点から楽しめそうです。
2022年のニュージーランド航空のイベントでは、舘さんが航空機のコックピットに座った記念写真も披露されました。さらに、キャンペーンのテーマに合わせて、筆で「自由」という文字を書き上げる場面もありました。
高校時代から『自由と規律』を人生の指針としてきた舘さんが、ニュージーランドの魅力を伝える場で「自由」という文字を書いたことも、印象に残る出来事です。
ラグビーへの憧れから始まり、映画撮影、ゴルフ、ワイナリー、ホテル、航空会社のイベントへと広がってきたニュージーランドとの縁。その一つひとつに、仕事や趣味を通じて人生を楽しんできた舘さんらしさが感じられます。
舘ひろしの豆知識⑧|キウイブラザーズから愛のタックル
2022年のニュージーランド航空のイベントでは、キウイブラザーズが舘さんにニュージーランドへの愛を確かめる質問を出しました。最後にはラグビーにちなんだタックルを受ける場面もあり、舘さんは笑顔で応じていました。ラグビーへの情熱とニュージーランドへの親しみが伝わる、ユーモラスなエピソードです。
まとめ|舘ひろしが大切にする、自由と規律のある生き方
舘ひろしさんの美容法や健康習慣をたどると、年齢を重ねても変わらない魅力の背景に、本人らしい人生観が見えてきます。
祖父から受け継いだ英国紳士の精神、父親から教わった自由な食事観、母親の静かな支え、そして渡哲也さんたちから学んだ礼儀や仕事への責任感。そうした経験が、現在の舘さんの暮らし方につながっています。
好きな食事を楽しみ、紅茶を味わい、友人とゴルフに出かける。人と会うときには身だしなみを整え、仕事では共演者やスタッフへの敬意を忘れない。日常の小さな行動の積み重ねが、舘さんの自然体なダンディズムを形作ってきたのでしょう。
高校時代に出会った『自由と規律』を、70代になっても大切にしていることも印象的です。自由に人生を楽しみながら、人としての礼儀や責任を守る。その考え方は、年齢を重ねた今の姿にも息づいています。
そして76歳となった現在も、新しい映画を作る夢を持ち、若い俳優たちとともに作品づくりに向き合っています。
舘ひろしさんの魅力は、若さそのものよりも、自分の好きなことや大切な人とのつながりを守りながら、今の年齢を自分らしく楽しんでいるところにあるのかもしれません。
参考情報
- 舘プロ|舘ひろし公式プロフィール・経歴
舘ひろし公式経歴
- ananweb|舘ひろしの美容観、清潔感、食生活、ゴルフ/2026年6月20日
ananweb本人インタビュー
- サライ.jp|舘ひろしの祖父・父親からの教え、ファッションと紳士の哲学/2026年6月
サライ本人インタビュー
- THE CHANGE|舘ひろしの食事、父親の教え、健康観と生活習慣/2025年11月
THE CHANGE本人インタビュー
- ORICON NEWS|舘ひろし、千葉工業大学の特別卒業認定と母親が学費を納め続けた経緯/2021年5月15日
大学卒業・家族に関する報道
- 毎日放送|『日曜日の初耳学』舘ひろしの役作り、柴田恭兵との関係、被災地支援/2026年6月26日
毎日放送公式記事
- ニュージーランド航空|「ニュー自由ランド」お披露目発表会 イベントレポート/2022年7月6日
ニュージーランド航空公式発表
※本記事は公開情報や本人インタビューをもとに構成しています。紹介する習慣は取材当時の内容を含みます。