映画『時をかける少女』『天国にいちばん近い島』『私をスキーに連れてって』『しあわせのパン』、ドラマ『紙の月』『あなたの番です』『スナック キズツキ』、そして2025年の映画『35年目のラブレター』。
10代で鮮烈なデビューを飾ってから40年以上、俳優と歌手の二つの道を自然体で歩き続けている原田知世さん。
1967年11月28日、長崎県生まれ。
1982年、14歳の頃に角川映画の大型新人オーディションへ応募し、特別賞を受賞。
翌1983年、大林宣彦監督の映画『時をかける少女』でスクリーンデビューを果たしました。
同名主題歌もヒットし、俳優と歌手という二つの顔を持つ存在として広く知られるようになります。
その後も『天国にいちばん近い島』『私をスキーに連れてって』など1980年代を代表する作品へ出演。
1990年代以降も俳優として活動を続けながら、音楽ではスウェーデンのプロデューサー、トーレ・ヨハンソンさん、近年はギタリスト・作曲家の伊藤ゴローさんらと作品づくりを重ねてきました。
2026年にはクラシックホールツアーを開催し、8月31日のサントリーホール公演ではキャリア初となるオーケストラ編成にも挑戦。
さらに2026年11月4日には、ラヴ・ソング・カヴァーシリーズ第5弾『恋愛小説5~my white days』の発売も予定されています。
2026年10月現在、58歳。
長く「透明感」という言葉で語られてきた原田知世さんですが、美容や健康の習慣を追っていくと、そこには年齢とともに少しずつ自分へ合う形へ更新していく姿があります。
紫外線対策。
肌当たりのやさしいアイテムを選ぶこと。
朝起きた時に肌へ触れること。
目元を薬指でやさしくケアすること。
朝と夜のスキンケアを、心まで整える時間として楽しむこと。
軽い運動、ストレッチ、50歳から始めたゴルフ。
旬のものを味わい、自分が心地よく動ける食事量を選ぶこと。
そして、仕事も美容も健康も、自分に合う「ほどほど」のペースで続けること。
原田知世さんの美容法・健康習慣から見えてくるのは、今の自分を慈しみながら、年齢とともに心地よく更新していく美容です。
原田知世さんのプロフィール
生年月日:1967年11月28日
出身:長崎県
職業:俳優・歌手・ナレーター
デビュー:1982年
スクリーンデビュー:1983年『時をかける少女』
主な出演作:『時をかける少女』『天国にいちばん近い島』『私をスキーに連れてって』『しあわせのパン』『紙の月』『半分、青い。』『あなたの番です』『スナック キズツキ』『35年目のラブレター』など
主な音楽:『時をかける少女』『ロマンス』『恋愛小説』シリーズほか
2026年10月現在:58歳
14歳のオーディションから『時をかける少女』へ|原田知世が40年以上愛される理由
原田知世さんの芸能人生が始まったのは1982年。
長崎で暮らしていた14歳の少女が、角川映画の大型新人募集オーディションへ応募したことがきっかけでした。
オーディションでは特別賞を受賞し、その後テレビドラマ『セーラー服と機関銃』『ねらわれた学園』などを経て、1983年の映画『時をかける少女』でスクリーンデビュー。
映画の主演だけでなく同名主題歌も担当し、俳優と歌手を同時にスタートさせました。
💡『時をかける少女』は主演+主題歌
映画だけでなく歌でも注目され、俳優と音楽を並行して続ける原田知世さんの原点になりました。
1984年には『天国にいちばん近い島』、1987年には『私をスキーに連れてって』など、時代を代表する作品へ出演。
その一方で音楽活動も続け、1990年代にはトーレ・ヨハンソンさんをプロデューサーに迎え、新しいポップスの世界へ進みました。
1997年の『ロマンス』などを通じて、10代の頃から知るファンとはまた違う世代にも音楽が届くようになります。
近年は伊藤ゴローさんが長年の音楽パートナーとなり、『恋愛小説』シリーズなど、大人の歌声を生かした作品を発表しています。
俳優としても、『しあわせのパン』『紙の月』『半分、青い。』『あなたの番です』『スナック キズツキ』『星の子』など、年齢とともに役柄の幅を広げてきました。
2025年の映画『35年目のラブレター』では、笑福亭鶴瓶さんと夫婦役で共演。
実在する夫婦の長い年月を描く物語で、夫を長年支える妻・皎子を演じました。
新しい現場については、長いキャリアを重ねた現在も緊張すると語っています。
その一方で、考えすぎるより物事をシンプルに捉え、「心の赴くまま」を大切にするようになったとも話しています。
💡40年以上のキャリアでも「新しい現場は緊張する」
経験を重ねても新しい人、新しい作品との出会いには緊張する。だからこそ、シンプルに受け止め、その場で感じることを大切にしています。
2026年にはクラシックホールツアーを開催。
8月31日のサントリーホール公演では、キャリア初となるオーケストラ編成でのコンサートを実現しました。
さらに11月4日には『恋愛小説5~my white days』を発売予定。
シリーズ初のホリデー・ソング編として、松任谷由実さん、くるり、桑田佳祐さん、ユニコーンなどの楽曲をカバーします。
💡58歳でキャリア初のオーケストラ公演
10代でデビューした原田さんですが、新しい挑戦は今も継続中。2026年には初のオーケストラ編成でのコンサートを実現しました。
変わらない芯を持ちながら、その時代、その年齢の自分に似合う表現へ少しずつ更新してきたこと。
それが、原田知世さんが40年以上にわたり愛され続けている理由の一つです。
原田知世のスキンケア・UVケア|薬指の目元ケア、朝晩の美容習慣、クリームまで
原田知世さんの美容で一貫しているのは、肌へやさしく触れながら、その日の状態を確かめることです。
2022年のインタビューでは、スキンケアで意識していることとして紫外線対策を挙げています。
洗顔料を含め、肌へつけるものは、肌当たりのやさしいものや自然なものを選ぶことが多いとも話しています。
さらに、目元のケアにも具体的な習慣があります。
人から「目の周りは皮膚が薄いので、力が入りにくい薬指で塗るとよい」と聞き、それ以来、目元へ何かを塗る際には薬指を使うようになったそうです。
💡原田知世さんの“薬指美容”
目元のお手入れでは薬指を使用。力が入りにくい指で繊細な目元へそっと触れるという、小さくても具体的な美容習慣です。
2025年には、朝と夜のスキンケアそのものを以前より楽しむようになったことも明かしています。
きっかけの一つは、誕生日に友人から贈られた美しいパッケージのコスメ。
一日の始まりと終わりに、一つひとつ丁寧にケアする。
原田さんはその時間を、心まで整える小さな儀式のように感じていると語っています。
香水やリップの色も、その日の気分で変えます。
日常のルーティンへ小さな変化を加えることが、毎日を楽しむ方法の一つです。
💡朝と夜の美容時間は“心を整える儀式”
スキンケアを一日の始まりと終わりに自分をいたわる時間として楽しみ、香水やリップの色で気分にも小さな変化を加えています。
さらに2025年、ハーパーズ バザーのタイアップ取材では、クレ・ド・ポー ボーテ「シナクティフ」のスキンケアラインを実際に体験しています。
原田さん自身が好みだと語ったのは、
石けん → ローション → 美容液 → こっくりしたクリーム
という流れ。
特に気に入ったと話したのがクリームでした。
肌を包み込むような感覚を、眠る前の安心感になぞらえて表現しています。
同シリーズには、日中用美容液、夜用美容液、目元用クリーム、目元用シートマスクも含まれています。
ここは長年の私物愛用品という意味ではなく、2025年に原田さんが実際に体験したスキンケアラインとして確認できる具体的なコスメ情報です。
💡2025年に具体的な美容液・クリーム・目元ケアも体験
シナクティフのラインには、日中用・夜用美容液、クリーム、目元用クリーム、目元用シートマスクまであります。原田さん本人は、その中でも特にクリームを気に入ったと語っています。
現在は、朝起きた時にも肌へ手を伸ばします。
触れて、うるおいの状態を感じる。
若い頃よりも、今は毎日の肌をいたわり、状態を知ることを大切にするようになりました。
自分の肌を見て、触れて、その日に合うお手入れを楽しむ。
58歳へ向かう原田知世さんは、長く付き合う自分の肌との対話そのものを、美容の大切な時間にしています。
朝の光・食生活・睡眠|ポトフ、パン、コーヒー、旬の味を楽しむ暮らし
原田知世さんの暮らしで印象的なのが、朝の時間を大切にすることです。
撮影の日は朝5時、6時に起きることもありますが、通常の日も8時までには起きるようにしていると語っています。
晴れている朝には、大きな窓の近くで日差しを感じる時間をつくることも。
背中へ太陽の光を感じながら目を閉じ、静かに過ごします。
生活のリズムを意識するきっかけとして始めた習慣で、紫外線にも気を配りながら楽しんでいます。
💡朝は“大きな窓のそば”で静かな時間
光が入る場所で体を温めながら、少し静かに過ごす。朝の自然な明るさとともに一日を始める時間を大切にしています。
時間に余裕のある朝には、朝食もゆっくり楽しみます。
ポトフを作り、パンをトーストし、コーヒーを淹れる。
温かい料理とパン、コーヒーというシンプルな朝食です。
💡朝食はポトフ+トースト+コーヒー
余裕のある朝には自分でポトフを作ることも。特別なメニューより、温かい料理を丁寧に楽しむ暮らしが原田さんらしさを感じさせます。
旬の食材も大切にしています。
2022年には秋の味として柿を楽しみにしていることを話し、果物としてだけでなく料理に取り入れる楽しみ方にも触れていました。
2025年には、食事量についても自分に合う感覚を言葉にしています。
原田さんの場合は、「もう少し食べたい」と感じるくらいの量が心地よいそうです。
少し余力がある方が、自分の体には合っていると感じています。
数字へ自分を合わせるより、日々の体の感覚を確かめながら量を選ぶ。
この考え方は、スキンケアや運動にも共通しています。
肌に触れる。
体を動かして状態を知る。
食事でも、自分が心地よく過ごせる量を知る。
原田知世さんの食生活は、毎日の小さな感覚を大切にしながら、その時の自分に合う選択を重ねるスタイルです。
ストレッチ・軽い筋トレ・50歳からのゴルフ|「ほどほど」で続ける体づくり
運動についても、原田知世さんを象徴する言葉があります。
それが「ほどほど」です。
2022年には、10日に1度ほどストレッチへ通っていることを紹介しています。
マッサージとは異なり、実際に体を動かし、人に見てもらうことで、自分の体のクセや状態を客観的に知る時間として活用しているそうです。
2025年には、日常的に軽い運動も心がけていると明かしました。
体を動かした翌日に変化を感じると、またやろうという気持ちになる。
テレビやSNSで気になった方法があれば試すこともあり、時々違う動きを加えながら少しずつ続けています。
💡「ほどほど」は長く続けるための自分らしいペース
その日の体の状態を見ながら、軽い運動やストレッチを少しずつ続ける。原田さんの健康習慣は、生活へ自然になじむペースを大切にしています。
そして、50歳から新しく始めたのがゴルフです。
2025年には、今ではゴルフが「唯一の趣味」になったと話しています。
少しずつ上達していく過程そのものを楽しみ、続ける中でスイングが変わり、自分自身にまだ「伸びしろ」があると感じています。
ゴルフへ集中している時間は、お芝居のことも歌のことも頭から離れます。
仕事とは違う部分へ意識を向けられることが、大切なリフレッシュになっています。
💡50歳から始めたゴルフで「伸びしろ」を発見
年齢を重ねてから始めた趣味だからこそ、少しずつ上達する楽しさも新鮮。仕事を忘れて一つのことへ集中できる時間になっています。
俳優の仕事は、新しい作品との出会いによって動いていきます。
音楽活動には、アルバム制作やツアーなど毎年のリズムがあります。
その二つを長く続けるために、原田さんは「いつ仕事が来ても対応できるよう、心と体を整えておくこと」を大切にしています。
運動もゴルフも、今の自分を知り、気持ちよく次の仕事へ向かうための生活の一部です。
母・姉・友人、結婚とその後|原田知世を支えた「仕事の外側」の人間関係
原田知世さんの自然体の魅力を考える時、家族や友人の存在は欠かせません。
10代で長崎から芸能界へ入った時、母親と姉も東京へ出てきて原田さんを支えました。
姉は俳優の原田貴和子さんです。
高校時代について原田さんは、仕事とは関係のない同世代の友人と過ごす学校生活が、自分らしさを保つ大切な時間だったと振り返っています。
仕事を終えて家へ帰れば、母と姉がいる。
本人の感覚では、東京にいながら「長崎の実家」があるような生活だったそうです。
💡デビュー時、母と姉も一緒に上京
14歳で芸能活動を始めた原田さんを支えるため、母親と姉も東京へ。仕事の外側にいつもの家族がいる環境が、長いキャリアを支える大きな土台になりました。
2025年の『35年目のラブレター』のインタビューでも、「手紙を書くなら母と姉」と答えています。
若い頃、海外へ仕事に出ると、家族へ手紙を書いたり、FAXで「今日はこんなことがあった」と送ったりしていたそうです。
現在は誕生日などの節目に、感謝の気持ちを手紙へ託すことがあります。
💡海外ロケ先から母と姉へFAX
今のメッセージアプリとは違い、若い頃の海外仕事では手紙やFAXでその日の出来事を家族へ報告。長く離れていても、家族とのつながりを大切にしてきました。
私生活では、2005年にイラストレーターのエドツワキさんと結婚。
約8年半の結婚生活を経て、2013年に離婚を発表しました。
発表時には、今後は互いを尊敬できる友人として新しい関係を築いていきたいという思いを伝えています。
家族、友人、仕事仲間。
原田さんは、仕事の世界と同じくらい、家族や友人との日常も大切にしてきました。
高校時代から続く友人。
長崎から一緒に上京した母と姉。
長く作品をつくる音楽仲間。
それぞれとのつながりを大切にしながら、自分らしくいられる場所を持ち続けています。
58歳の原田知世|「ほどほど」と小さな幸せがつくる、年齢を重ねる美しさ
2026年10月現在、原田知世さんは58歳。
デビューから40年以上が経ちました。
『時をかける少女』。
『天国にいちばん近い島』。
『私をスキーに連れてって』。
『しあわせのパン』。
『紙の月』。
『あなたの番です』。
『スナック キズツキ』。
『35年目のラブレター』。
そして俳優業と並行して、音楽もずっと続いています。
原田さんの現在を見ていると、変わらない芯と、新しいものを楽しむ柔らかさが同居しています。
50歳でゴルフを始める。
朝と夜のスキンケアを以前より楽しむ。
新しいコスメを試す。
軽い運動へ時々変化を加える。
58歳で初めてオーケストラ編成のコンサートへ挑む。
その時の自分に合う新しい楽しみを、少しずつ生活へ加えています。
以前のインタビューでは、日常の中で小さくても「元気になれるもの」を見つけることを、自分らしく過ごす秘訣として挙げていました。
2025年にも、リップの色や香水といった小さな変化で気持ちが弾むことを大切にしています。
💡原田知世さんが大切にする“小さな変化”
リップの色、香水、朝の光、旬の食べ物、ゴルフ、新しい音楽。日常へ小さな楽しみを加えることが、毎日を心地よく過ごす原田さんらしい方法です。
そして50代後半の暮らしで大切にしているのが「ほどほど」。
運動も。
食事も。
仕事も。
今の自分が心地よく続けられる余白を残す。
朝起きたら肌へ触れる。
光を感じる。
温かい朝食を食べる。
軽く体を動かす。
旬のものを楽しむ。
好きな色のリップを選ぶ。
ゴルフへ行けば仕事を離れて一つのことへ集中する。
そして、俳優としても歌手としても、新しいことへ挑戦する。
原田知世さんの美容法・健康習慣を追って見えてくるのは、今の自分をよく見て、触れて、楽しみながら、その時々に合う自分へ更新していく生き方です。
40年以上にわたり「透明感」という言葉で語られてきた原田知世さん。
その魅力を支えているのは、自分の肌、体、心、人間関係、そして仕事と丁寧に付き合い続ける毎日の積み重ねです。