つややかな肌、豊かな髪、女性らしいメイク。そして、仕事も子育ても力強く進み続ける姿。美容家・神崎恵さんは、雑誌や書籍、SNSなどを通じて、大人の女性へ美容や生き方を発信し続けている存在です。
『一生ものの基礎知識 美容の教科書』『神崎CARE』『老けない美容、老ける美容』『神崎恵のおうちごはん―さぁ、なに食べる?』など数多くの著書を出版し、累計発行部数は170万部を突破。美容誌・女性誌の連載、コスメブランドのアドバイザー、美容・ファッション商品の開発やプロデュース、公式YouTubeなど、活動は幅広く広がっています。
現在の華やかな活躍へつながるまでには、結婚、出産、子育て、自立への挑戦、シングルマザーとしての生活、自宅サロンの開業など、いくつもの人生の転機がありました。
子どもの頃はサッカーに夢中になり、真っ黒に日焼けして走り回っていたスポーツ少女。16歳頃から芸能界で活動し、23歳で結婚を機に一度仕事を離れ、2人の息子を育てる専業主婦になりました。
29歳頃には自分の力で生きていくことを決意し、さまざまな資格を模索。30歳で自宅にアイラッシュ&アイブロウサロンをオープンし、34歳で離婚が成立。2人の息子を育てながら、美容の仕事を一つひとつ形にしていきます。
その後、著書や美容誌で注目を集め、40歳を機に「美容家」と名乗る覚悟を決めました。2014年にはヘア&メイクアップアーティストの河北裕介さんと再婚し、2015年に三男を出産。2022年12月には離婚を公表しています。
そして50歳を迎えた現在は、肌、髪、体、食事、睡眠、仕事、人間関係まで含めて、自分らしく年齢を重ねる方法を楽しみながら更新し続けています。
スキンケア、メイク、ヘアケア、食生活、筋力トレーニング、睡眠、入浴、3人の息子との暮らし、結婚・離婚、仕事、そして50歳からの人生観まで。神崎恵さんの美容法・健康習慣を、その人生の流れとともに詳しく見ていきましょう。
神崎恵さんのプロフィール
生年月日:1975年12月13日
出身:神奈川県
職業:美容家
家族:3人の息子の母
結婚歴:2回。2014年に河北裕介さんと再婚し、2022年12月に離婚を公表
代表的な著書・活動:『一生ものの基礎知識 美容の教科書』『神崎CARE』『老けない美容、老ける美容』『神崎恵のおうちごはん―さぁ、なに食べる?』など。著書累計発行部数170万部超。美容誌・女性誌の連載、コスメブランドのアドバイザー、美容・ファッション商品の開発・プロデュース、公式YouTubeなど幅広く活動
神崎恵の美容人生|サッカー少女、芸能界、結婚・出産、シングルマザーから美容家になるまで
現在のフェミニンな雰囲気からは意外ですが、子どもの頃の神崎恵さんはかなり活発なスポーツ少女でした。
本人のインタビューによると、サッカーに夢中になり、あだ名は「カンザキング」。真っ黒に日焼けし、天然パーマの髪で走り回る、活発な少女だったそうです。
一方で美容への興味も早くから芽生えていました。小学生の頃に使ったリップクリームが記憶に残る最初期のコスメのひとつで、耳にバニラエッセンスをつけて学校へ行くこともあったと振り返っています。
💡あだ名は「カンザキング」、耳にはバニラエッセンス
サッカーで真っ黒に日焼けしていた一方、香りのよいものやコスメにも興味津々。耳にバニラエッセンスをつけて学校へ行ったこともあるそうです。スポーツと美容、どちらにも夢中だった神崎恵さんらしい子ども時代です。
16歳頃から芸能界で活動し、人前に立つことや撮影を経験します。現在の仕事にもつながる「どう見せるか」「どんな雰囲気をつくるか」という感覚に触れた最初の時期でもありました。
23歳で結婚を機に芸能活動を離れ、専業主婦へ。2人の男の子を育てながら家庭を中心に生活していました。
後のインタビューでは、仕事から離れていた時期に、自分の力でも生活を支えられるようになりたいという思いが徐々に強くなったことを振り返っています。
29歳になる頃、自分自身の力で子どもたちを育てられるようになりたいと考え、宅建やブライダル関係など、さまざまな分野を学び始めました。
その中で選んだのが、昔から好きだった美容です。美容関連のスクールでアイブロウやアイラッシュを学び、母親の助言もあって30歳で自宅サロンをオープン。子育てをしながら働ける形を、自分自身でつくっていきました。
同じ頃にはママ雑誌のモデルとしても活動し、撮影現場では自分が日頃から美容を研究していることを積極的に伝えながら、美容の仕事へつながる機会を少しずつ増やしていきます。
34歳で最初の離婚が成立。2人の息子を育てるシングルマザーとして、生活と仕事の両方を支える日々が続きました。
💡息子から聞かれた「ママの夢は何?」
仕事と子育てに懸命だった頃、息子さんから「ママの夢は何?」と聞かれた神崎恵さん。その言葉をきっかけに、大人になっても自分自身の夢を持っていいと気づき、「私として生きられる仕事がしたい」と美容家への道を本格的に選びました。
30代は、自宅サロン、セミナー、雑誌、執筆などを一つひとつ積み重ねた時期です。
本人は後に、この時代を「トライアスロンのように走りきった」と表現しています。子育てをしながら、自分自身の仕事をゼロから育てていく日々でした。
著書が話題になり、美容誌での連載も増加。3冊目の著書『読むだけで思わず二度見される 美人になれる』が話題になった頃から、美容誌の仕事も大きく広がっていきました。
当時は著名な美容家への敬意から、自分をすぐに「美容家」と呼ぶことには慎重で、「ビューティーブラッシュアップコンサルタント」という肩書きを使っていた時期もあります。
40歳を迎える頃、「この世界で生きていく」と改めて腹を決め、現在につながる「美容家」という肩書きを使うようになりました。
2014年には河北裕介さんと再婚し、2015年には三男を出産。仕事、家族、再婚、出産と人生の変化を重ねながら、活動の幅をさらに広げます。
2022年12月には河北さんとの離婚を公表。その後も3人の息子の母として、そして美容家として仕事を続けています。
結婚、出産、自立、離婚、仕事、再婚、再びの出産。人生の形が変わるたびに、その時の自分へ合う働き方や暮らし方を選び直してきたことが、現在の神崎恵さんの強さにつながっています。
神崎恵のスキンケア・メイク・ヘアケア|50歳でたどり着いた「自分に必要なものを選ぶ美容」
神崎恵さんの美容法は、肌や髪、仕事、年齢の変化に合わせ、その時の自分に必要なものへ柔軟に組み替えられてきました。
20代の8~9品から、50歳ではスキンケアを整理
2026年のMAQUIAで神崎恵さんは、20代の頃には一度のスキンケアで8~9品ほど使っていたと振り返っています。
美容への情熱が高まり、さまざまなものを試して重ねることそのものを楽しんでいた時期でした。
50歳の現在は、数の多さより、自分の肌状態に合わせて必要なアイテムを選ぶ方向へ。仕事柄その日に使う製品は変わりますが、入浴後1分以内、肌がまだ温かく湿っているうちにケアを始めることを現在の習慣として紹介しています。
長年多くのコスメへ触れてきた経験があるからこそ、「たくさん使う美容」から「今の自分に何を選ぶかを考える美容」へ変化してきました。
肌へ丁寧に触れ、保湿とUVケアを日常へ
過去のスキンケア解説でも、化粧水や美容液は手で丁寧になじませ、ハンドプレスするように取り入れる方法を紹介してきました。
UVケアへの意識も年齢と経験によって変化しています。2019年の本人インタビューでは、若い頃には紫外線対策を優先していなかった時期があったことを振り返り、その後は日中の美容習慣として積極的に取り入れるようになっています。
50歳では「メイクをもっと自由に」がテーマ
現在の神崎恵さんは、年齢を重ねるほどメイクの楽しみ方を広げています。
50歳のインタビューでは、ピンクのチークなど、可愛らしさを感じるメイクも積極的に楽しみたいと話しています。
ファンデーションも、その日の服やムードに合わせてツヤ、厚み、軽さなどを変化させる存在。洋服を選ぶように、肌の仕上がりも楽しんでいます。
💡ファンデーションも“服を着替えるように”楽しむ
その日のファッションや気分に合わせて肌の仕上がりまで変えるのが神崎恵さん流。薄く軽やかに仕上げる日も、存在感のある肌を楽しむ日もあり、大人のメイクを自己表現のひとつとして楽しんでいます。
2026年にはさらに、時間が経ったときの変化まで美しく見えるよう考える「タフネスメイク」を紹介しています。
動き、笑い、仕事をしながら少しずつ変化する表情まで含めて、その日のメイクとして楽しむ。50歳の神崎恵さんらしい、しなやかな発想です。
豊かなロングヘアも、長年の試行錯誤から
神崎恵さんのつややかで量感のあるロングヘアは、大きな魅力のひとつです。
本人は自分の髪について「太く、硬く、くせがあり、量も多め」と説明しています。
現在はシャンプーやトリートメントに加え、頭皮まで含めてケア。2025年のéclatでは、週1回程度の頭皮用スクラブなどを取り入れていることも紹介しています。
アウトバストリートメントやオイルも、その日の髪の状態や求める仕上がりに合わせて使い分けています。
💡実は「太い・硬い・くせ毛・毛量多め」
豊かで整ったロングヘアを見ると扱いやすそうに感じますが、本人にとって髪は長年研究してきたテーマのひとつ。髪だけでなく頭皮、乾かし方、スタイリングまで細かく工夫してきました。
さらに神崎恵さんは、髪をヘアケア製品だけで考えるのではなく、食事、睡眠、運動、ストレスとの付き合い方まで含めて暮らし全体で捉えています。
スキンケアもメイクも髪も、50歳の現在は「今の自分らしさをどう楽しむか」という視点へ広がっています。
神崎恵の食生活と体づくり|週2~3回の運動と「美味しく楽しく食べる」現在
3度の出産を経験してきた神崎恵さんにとって、体づくりも長年の美容テーマです。
本人は出産後の体の変化を経験しながら、自分が心地よく過ごせる体をつくりたいと考え、食生活や運動へ意識を向けるようになりました。
運動は2026年現在、週2~3回が習慣
2021~2022年頃には週2回程度のパーソナルトレーニングを行い、自主トレーニングも取り入れていました。
2026年6月のインタビューでは、週2~3回のトレーニングを習慣化。パーソナルトレーニングと近所のジムを組み合わせています。
忙しくてジムへ行けない日は、自宅のルームランナーへ。好きな韓国ドラマを見ながら走るという方法で、楽しみと運動を一緒にしています。
💡ジムへ行けない日は「韓国ドラマ×ルームランナー」
神崎恵さんは、自宅では韓国ドラマを見ながらルームランナーを使うこともあります。好きな時間と体を動かす時間を組み合わせる、現実的で続けやすい方法です。
50歳現在の体づくりで重視しているのは、自分が好きだと思えるフォルムや質感、そして毎日を動ける体力です。
2026年1月には週1~3回程度のトレーニングを行い、入浴後には鏡で体を360度確認していることを紹介。その後6月には週2~3回が習慣になっていると話しており、現在も継続して体と向き合っています。
💡お風呂上がりには360度、自分の体を見る
神崎恵さんは鏡で体のシルエットや質感を前後左右から確認しています。自分がどんな体でいたいのかを、自分の目で確かめながら体づくりを続けています。
食事は「美味しく楽しく」が現在の軸
神崎恵さんは料理を長く大切にしてきました。
息子たちが成長期だった頃には、家族の帰宅時間に合わせながらボリュームのある夕食を何度も用意していたこともあります。
50歳の現在は、自身の食事でタンパク質を意識。鶏胸肉、鶏ささみ、サーモン、豚ロースなどを日々の食事へ取り入れています。
2026年1月には、朝はスープなど比較的軽いものを選び、昼は仕事の予定に合わせ、夕食はできる日は18時頃までに済ませるという自身のスタイルを紹介しています。
トレーニング後には、鶏肉、長ねぎ、生姜、にんにくなどを煮込むタッカンマリを作ることも。外食が続いた後には、鶏胸肉や生姜などを入れた炊き込みごはんを作るなど、生活に合わせて食事を調整しています。
2026年6月には、昼には炭水化物も取り、夜は肉や魚などのタンパク質と野菜を中心に自炊していることを紹介。忙しい日には缶詰も上手に利用し、お気に入りのおいしいツナ缶は常備しているそうです。
サプリメントについても、日々の食事を基本に考え、本人はクリニックで自分の状態を確認しながら、必要だと考えるものを補うというスタイルを紹介しています。
そして、毎日の食事を整えながら、好きなものを思い切り楽しむ時間も大切にしています。
💡疲れた日は、ジェラートを10フレーバーほど“大人買い”することも
好きなジェラート店では、10種類ほどまとめて選び、自宅で思い切り楽しむこともあるという神崎恵さん。好きなものをきちんと楽しむ時間も、自分を満たす大切なひとときとして捉えています。
神崎恵さんが現在大切にしているのは、心地よく動けること、着たい服を楽しめること、そして仕事を続けられる体力を育てることです。
睡眠・入浴・3人の息子との暮らし|頑張る日も休む日も、自分に合わせて整える
神崎恵さんの過去のルーティンを見ると、仕事と3人の息子の子育てをどれだけ密度高く両立してきたのかが分かります。
2018年当時は朝6時頃に起き、朝食やお弁当を作り、子どもたちを送り出した後に撮影や取材へ。夕方には買い物、夕食作り、子どもの入浴や寝かしつけ、その後に原稿を書く生活を送っていました。
息子たちの帰宅時間が違うため、夕食を時間差で何度も用意する日もあったそうです。
本人が30代を「トライアスロンのよう」と振り返るのも、仕事と家庭の両方へ全力を注いできた日々を考えると納得できます。
睡眠は「質を工夫する」から「時間そのものも大切にする」へ
神崎恵さんは、やりたいことが多く、長い間睡眠時間を短くしがちな生活を送ってきたと話しています。
2024年には睡眠環境を整えるため、夜は間接照明にし、食事は就寝4~5時間前、入浴は最低でも1時間半前を意識。シルクの枕カバーやリカバリーウェア、香りなども取り入れていました。
寝つきにくい夜には、眠気が来るまで韓国ドラマを見ることもあるそうです。
さらに2026年6月には、自分をショートスリーパーで睡眠が弱点のひとつだと説明し、寝具やパジャマを工夫するとともに、睡眠時間そのものも意識して増やすようになったと話しています。
本人は、その変化の中で集中力や行動力にも違いを感じ、時間の使い方にもゆとりが生まれたと振り返っています。
若い頃には活動時間を最大限に使い、50歳の現在は休む時間も自分を支える大切な時間として扱う。睡眠に対する考え方にも、年齢と経験による変化が表れています。
入浴も、その日の自分に合わせる
入浴も、その日の時間や余力に合わせて内容を変えています。
ゆっくり時間が取れる日は湯船、読書、ボディケアを楽しみ、忙しい日は必要なケアをコンパクトに。過去には、時間がない日はスキンケアをオイル1本で済ませることもあると話していました。
毎日同じ量をこなすことより、その日の自分にできることを続ける。この柔軟さも、神崎恵さんが長く美容を楽しんでいる理由のひとつです。
3人の息子は、仕事を続ける大きな原動力
神崎恵さんには3人の息子がいます。最初の結婚で長男と次男を出産し、2015年に三男を出産しました。
シングルマザーになることを決意した頃、神崎恵さんが強く思ったのは、将来息子たちが「大学へ行きたい」と言ったとき、その選択を支えられる自分でいたいということでした。
仕事で疲れている日にも、子どもたちの「やりたい」に対して「任せて」と言える母親でいたい。その思いが、美容の仕事を続ける大きな力になったと語っています。
💡長男の大学の学費を振り込むたび、ひとりで乾杯
シングルマザーになると決めたときの目標のひとつが、息子たちの進学を支えられる自分になることでした。後に長男の大学の学費を払うたび、「よく頑張った」と自分をねぎらい、ひとりで乾杯していたと話しています。
子どもが小さい頃には、真冬の仕事帰りに2人の息子を抱え、さらに重い買い物袋を持ちながら涙した日もあったそうです。
息子たちが成長した現在は、愛情の伝え方も変化しました。それぞれの人生や選択を尊重し、必要なときに支える距離感を大切にしています。
神崎恵さんの家族の話を読むと、美容や仕事に向かう力の背景には、「子どもたちの選択肢を広げたい」という非常に具体的な目標があったことが見えてきます。
50歳の神崎恵が大切にする美容|肌・髪・手元・瞳まで「清潔感」を育てる
神崎恵さんは2025年12月に50歳を迎えました。
本人は、50歳になることを前向きに楽しみにしていたと複数のインタビューで語っています。
30代では肌のキメや毛穴など質感の変化を感じ、40代以降はハリや輪郭など、自分の中で年齢とともに変わる部分へ目を向けるようになりました。
現在の美容で大切にしているのは、50歳の自分を心地よく整え、今の魅力を楽しむことです。
💡「若いね」より、今うれしい褒め言葉
50歳を前にしたインタビューで神崎恵さんが挙げたのは、「元気」「頑張っている」「賢い」といった言葉。外見だけでなく、自分が積み重ねてきた生き方まで見てもらえることをうれしく感じるようになったと話しています。
美容医療も、自分らしい年齢の重ね方を支える選択肢
美容医療についても、2026年のインタビューで自身の考えを公開しています。
神崎恵さんが大切にしているのは、自分らしい表情や雰囲気を残すこと。信頼する医師と相談しながら、自分が納得できる範囲で選択肢のひとつとして取り入れています。
顔だけでなく、「先端」まで整える
50歳の現在は、顔のスキンケアからさらに視点を広げ、手元、爪、口元、瞳、毛先、つま先など、細かな部分まで丁寧に整えることを大切にしています。
éclatでは、清潔感は毛先やつま先など「先端」に表れるという自身の考えを語っています。
爪は仕事や料理をしやすい短めの形を選び、手元にはハンドクリーム。食後には歯ブラシに加えてフロスや歯間ブラシも使うなど、毎日の小さな習慣を積み重ねています。
瞳にも意識を向け、スマートフォンやPCを使う時間が長い生活の中で、メガネ、目薬、サングラスなどを自分なりに使い分けています。
目指しているのは、自分が心地よく、清潔感を感じられる大人でいることです。
髪の毛先、指先、口元、瞳、姿勢、体のライン。美容の対象が顔だけにとどまらず、「その人全体から伝わる印象」へ広がっているところに、50歳の神崎恵さんらしい美容観があります。
現在の神崎恵|「努力できること」を力に、50歳からさらに自由に生きる
50歳を迎えても、神崎恵さんは新しい仕事や挑戦を続けています。
2026年にはガードル「TWIST & SLIM」の発売、ビューラー「ディーアップ パーフェクトリフトカーラー」のプロデュース、ファッションブランドやLeSportsacとのコラボレーションなど、これまで培ってきた美容や暮らしの感覚をさまざまな形へ広げています。
2024年に始めた公式YouTubeには、美容をさらに若い世代へ届けたいという思いもありました。
30代には子どもたちとの生活を支えるために仕事の土台をつくり、40代にはその積み重ねが大きな仕事へつながり、50歳では自分の経験を次の世代へ伝えることまで視野に入れています。
「努力している」という手応えが、自信につながる
2026年の「タフネス美容」のインタビューで神崎恵さんは、努力しているという手応えそのものが、自分の強さや自信につながるという考えを語っています。
子育て、仕事、美容、料理、トレーニング。手に入れたいものがあるときには、そこへ向かって具体的な行動を積み重ねてきました。
40代半ば以降は「何に頑張るか」を選び、自分にとって大切な場所へ時間とエネルギーを集中させるようになっています。
自分の心がざわつく人間関係や環境とは距離を取り、自分が穏やかに過ごせる場所を選ぶ。そのうえで、必要な目標へはしっかり力を注ぐ。50歳の現在は、努力の使い方そのものも洗練されています。
50歳からの目標は「現状維持」
一見すると控えめに聞こえますが、神崎恵さんが語る「現状維持」は、とても積極的な考え方です。
時代が変わり続ける中で、10年後、20年後も今のように動き、働き、学び続けるためには、体力も気力も知識も必要。そのために運動し、学び、新しいことへ挑戦し続けることが、神崎恵さんにとっての「現状維持」です。
神崎恵さんの美容人生を振り返ると、美容テクニック以上に一貫しているものがあります。
それは、人生の状況が変わるたびに、「今の自分にできること」を探し、選び直してきたことです。
サッカーに夢中だった少女時代、16歳頃からの芸能活動、23歳の結婚、出産、専業主婦、29歳の自立への決意、30歳の自宅サロン、シングルマザー、美容家としての下積み、再婚、3人目の出産、離婚、そして50歳。
スキンケアは、20代の8~9品を重ねる美容から、現在の必要なものを選ぶ美容へ。
食事は、美味しさと楽しさを残しながら、自分の体と生活に合わせて選ぶものへ。
運動は、自分が好きなフォルムや、これからも動き続けられる体力を育てる時間へ。
睡眠は、活動するために削る時間から、明日の自分を支えるために確保する時間へ変化しています。
美容も人生も、その時の自分をよく見ながら方法を更新していく。
50歳を迎えた神崎恵さんの現在から見えてくるのは、年齢を重ねるほど「これから何を楽しもう」「次は何をやってみよう」と、自分の可能性を広げていく姿です。
美容を楽しみ、食べ、体を動かし、眠り、家族を愛し、働き、新しいことを学ぶ。
そのすべてを自分の人生として積み重ねながら、次の10年、20年へ進んでいくこと。それが、現在の神崎恵さんの美容・健康習慣を貫く大きな軸といえそうです。